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嫌いになる要素がない

 

(いい天気だわ……)


 庭師によって手入れの行き届いた庭の片隅で、マートルは現実逃避をしていた。

 ひらひらと蝶が飛んでいるのを横目に、ぼんやりと椅子に座って景色を眺めている。


「マートル嬢。君は、ぼんやりするのが好きなのか?」


 ひょいっと顔を出したのは、今ではすっかりモンターニュ家の屋敷に出入りする頻度の高い皇太子のシャノワールだ。彼は宣戦布告をした日から、暇さえあればマートルの元へと足しげく通っている。


「殿下……」


 マートルは現実に引き戻されたと同時に、嫌そうな顔を浮かべた。最早、淑女の仮面は消え失せている。


「殿下は、お暇なのですか?」


「まさか。急いで執務を終わらせて、君に会いに来たんじゃないか」


「私に会う暇があるなら、少しは体を休ませたらどうですか。私は別に会いたいとか思っていませんし」


「心配をしてくれているのか? 君は、優しいな」


「この人、何でこんなに前向きなのかしら……」


「それは、褒められていると解釈しても?」


「褒めてませんけど」


 何度も顔を会わせている内に、こういった軽口も出てくるようになった。

 マートルが何を言ってもシャノワールはめげないので、猫を被るのは出会って三回目の顔合わせでやめたのだ。

 今では「マートル嬢」と名前で呼ばれており、回数を重ねるごとに親密さが上がっているのは、気のせいだと思いたい。


「今度、劇を見に行かないか?」


 当たり前のように隣に座るシャノワールに、マートルは少しだけ眉を寄せた。だが、何を言っても無駄だと知っているので、言葉を呑み込む。


「劇……ですか?」


「あぁ。今度、恋愛を題材にした演目があるらしい。ヴィオラが面白いからと、勧めてきたんだ」


 よく知る名前に、マートルは表情を強張らせる。

 ヴィオラとは、あれから何度かお互いの家で会った。領地についてや本の話など盛り上がったが、好きな人の話題だけは触れていない。――いや、触れられなかった。

 ヴィオラの想い人が自分に夢中なのだと、誰が言えようか。マートルは「そうですか」と返すと、観劇には行かないと答えた。


「恋愛ものは好きではないのか? 女性は好きだと思ったのだが」


「えぇ、好きな方は多いと思いますよ。興味がおありなら、ヴィオラ様を誘われてはどうでしょうか。私はどちらかと言えば、冒険活劇の方が好みなので……」


「そうか。なら、好みの演目が見つかったらまた誘うことにするよ」


 残念だと言いつつも、シャノワールからは黄色の音符が落ちた。これは前向きで楽しい状態であり、彼はマートルと話をしているだけで満足をしているようだ。

 マートルは地面に転がるそれを眺めながら、微かに目を伏せる。長い睫毛が、影を作って揺れた。


(殿下は、未だに諦める気配がないわ)


 マートルは、シャノワールが誠実で理想的な男性だと理解はしている。

 彼はマートルが自分に好意を向ける事を願いつつも、嫌だと言えば無理強いはしない。しかし、好意はぶつけてくるので非常に困った。

 ――そう、困るのだ。多少強引な所はあれど、本気で嫌な所が見つからない。脳裏にヴィオラの顔がちらつかなければ、恋に落ちているくらいだ。


「殿下、話を戻しますが……同じ帝都にいるとはいえ、こう頻繁にうちに来るのは大変では?」


 マートルは自分の気持ちを誤魔化すように、質問を投げかける。


「それなら、大丈夫だ。これがあるからな」


 シャノワールがそう言って首から取り出したのはネックレスで、青い宝石が埋め込まれた金色の指輪が通してあった。

 マートルは自身の指にある指輪と、それを見比べる。恐ろしく形が似ていた。


「殿下、それは……?」


「これは、王家に伝わる転移魔法が込められた指輪だ」


 青い宝石は魔法を発動する鍵となる魔法石で、指輪の裏には古代文字で呪文が彫られている。シャノワール曰く、自身の魔力を魔法石に少し込めれば望む場所へと移動が可能らしい。


「魔力が少ないと反応をしないから、少し厄介なんだがな。私は魔力はある方だから、帝都の中なら自由に移動できる」


 だから心配は無用だと言うシャノワールに、マートルは「そうですか」と戸惑いながら返す。それより、自分の指輪と似ていることが気になって仕方がなかった。


「マートル嬢の指輪も、魔道具だろう?」


「えっ?」


「初めて見た時から、良い代物だと思っていたんだ」


 シャノワールの視線が、マートルの右手にある指輪へと注がれる。マートルは咄嗟に、それを隠すように左手を重ねた。


「……殿下は、これが何の魔道具なのかお分かりなのですか?」


「いや、初めて見るな。ただ、魔法石が君と同じ瞳の色だから綺麗だと思っていた」


「そ、うですか」


 マートルは、少しだけ安堵した。シャノワールには、何となく人の感情が見える事を知られたくなかったのだ。

 何故、と問われると困る。「人の心を勝手に覗くなんて」と軽蔑をされたくないのか、それとも他に理由があるのか、マートルにはよく分からなかった。


「どういう効果があるのか、私にも分かりません。ただ、この指輪……外れないんです」


 マートルは、半分だけ嘘をついた。


「分からない? もしかしたら、何か条件があるのかもしれないな」


「条件、ですか……?」


「魔道具は魔法石の魔力を使うタイプと、魔法石に所有者の魔力を反映させて使うタイプがあるのは知っているか? 私の指輪は後者だから、魔力が少ない者は扱えないんだ」


「はい、それは私も習いました」


 この国では魔法や魔道具の研究が盛んなので、マートルもそれは知っていた。教養の一つとして、習った覚えがある。


「使う為の魔力が、足りていないのかもしれないな」


「そうですね……ははっ」


 ――本当は使えているけれど。マートルは痛む良心を無視して、シャノワールに話を合わせた。


「しかし、外れない理由はよく分からないな。呪いがかけられているような気配もないし」


「分かるのですか?」


「あぁ、いわく付きの品物なら見慣れているからな」


 それはどういう状況なのか聞きたいが、皇室の秘密に触れそうな気がしてマートルは押し黙る。


「……古く大事にされた物には、妖精が宿ると聞いた事がある。前の持ち主が、余程大事にしていたのかもしれないな」


「妖精ですか?」


「あぁ。その指輪は、もしかしたらマートル嬢が気に入って離れたくないのかもしれない」


「私を気に入って……」


 マートルは、シャノワールの話を聞いて少し考える。

 そう言えば、小さい頃にマートルが読んだ絵本にもそんな話があったと思い出す。

 精霊は自然から生まれるが、妖精は人の想いが詰まった物からも生まれる事がある。そして生まれた妖精は、持ち主を見守り続けるという内容だった。


「仮にそうだとしても、私は妖精は見えないので何とも……殿下は、見えますか?」


「いや、残念ながら私も見えないんだ。見える者なら、知っているがな」


 この世界には、確かに妖精や精霊は存在する。しかし、殆どの人間がその姿を見る事は叶わない。そういう「目」を持つか、あちら側から姿を見せてもらうしかないのだ。


「妖精って、どんな姿なんでしょうか」


「そいついわく、精霊は生き物の姿を真似して現れるが、妖精は小さな魔力の塊だって言っていたな」


「へぇ。やっぱり精霊の方が力が強い分、姿も自在なのでしょうか」


「そうみたいだな。妖精は力が弱いから、私たちでは『何かいる』と感じる程度にしか認識しないと、そいつに言われた事がある」


「まぁ、そうなのですか?」


 マートルは興味ありげに言ったところで、はっと我に返った。シャノワールと距離を取るどころか、楽しい会話をしてしまったと反省する。


(殿下との話が、つまらなかったら良かったのに)


 非常に不本意だが、マートルはシャノワールとの会話は楽しかった。何かと話題を振ってくれるし、おまけに沈黙が流れても好意的な想いの塊がポロポロと出てくるので気まずくない。


(いっそ、出会わなければ良かったのかしら)


 シャノワールとヴィオラ。もし片方と知り合わなければ、こんな風に悩む事はなかった。

 しかし、出会った事を後悔してももう遅い。精々シャノワールに「恋」をしないように抗うしか、ヴィオラとの「友情」を守る道が残されていないのだ。


(ヴィオラ、本当に頑張って)


 自分が「友情」より「恋」を選ぶ前に、早くシャノワールと結ばれてくれと願いながら、マートルは指輪を無意識に指で撫でるのであった。


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