がっつり関係者だけど
「マートル。今日は来てくれて、嬉しいわ」
嬉しそうに微笑むヴィオラに、マートルは思わず心臓辺りを押さえた。――可愛い。
城で話した時のようにオレンジ色のハートが、ポロポロとヴィオラから落ちているので、彼女は本当にマートルが訪ねて来て嬉しいのだ。
「本日は、お招きいただいてありがとうございます」
マートルがヴィアラクテア公爵家へと招待を受けたのは、数日前だ。辺境伯爵の屋敷よりも大きい敷地を前に、目を剥いたのはついさっきである。
「マートルが来るから、今日ははりきって料理長とお菓子を作ったのよ」
「まぁ、ありがとうございます。ヴィオラ様からいただいたこの前のクッキーも、美味しかったです」
「嬉しいわ。……でも、マートル。私たち、お友達なのだから気安くしてと手紙でも伝えたでしょう?」
「あっ、そうでした。……いや、そうだったね」
マートルが慌てて言い直すと、ヴィオラは満足げに笑みを浮かべた。ヴィオラとも手紙でやり取りを何度かしたが、彼女とはすっかり良い関係が築けている。――たった一つの問題さえなければ。
「あの、ヴィオラ。好きな人とは、どう?」
応接間に案内をされたマートルは、遠慮がちに問う。ズキズキと胸が痛むのは、良心が悲鳴をあげているせいか。
「あぁ、そうね……実は、彼には想い人がいらっしゃるみたいなの」
ヴィオラは悲しげに微笑んだ後、軽く目を伏せた。ころり、青い雫が彼女から転がり落ちる。
「そ、そうなんだ」
悲しんでいるヴィオラに、マートルは思わず目線を下げた。
端から見れば、一緒になって落ち込んでいるように見えるだろう。ただ、申し訳なくてヴィオラの顔が見られないだけである。
「マートルったら、私よりも落ち込んでいるわ。あなたって、優しいのね」
「そ、そんな事はないわ」
自分はそんなに良い人間ではないと、マートルは言いたかった。しかし、それを言葉にはできない。
「……ヴィオラは、その方のどこが好きなの?」
苦し紛れに、好きな人の事を聞いてしまった。
「そうね、改めて口にすると恥ずかしいわ。私が困っていると助けてくれる優しさとか、格好良いの」
「本当に好きなのね……」
「えぇ。小さい頃から、ずっと好きなの」
ころんっころんっ。ヴィオラから落ちる「愛情」に、マートルは彼女の想い人がシャノワールだと確信した。同時に、罪悪感で苦しくなる。
「ヴィオラは、その方に想い人がいるってどうして知ったの?」
彼女の様子からして、相手の好きな人がマートルだとは知らないはずだ。ならば、想い人がいるとどうやって知ったのか。
「前に、シャノワール様から聞いたの。名前は教えてはくださらなかったけど、『特別』なんですって」
「そ、そう……」
マートルは、胃が痛くなってきた。せっかく結ばれた友情も、崩れるのは時間の問題かもしれない。
(もし、私が殿下と婚約したら……)
ヴィオラなら「貴族の結婚だもの、仕方ないわ」と許してくれそうだが、想像するだけでマートル本人が気まずくて罪悪感で吐きそうだ。
(余計な事は、しない方がよいわよね)
第三者が人の恋路に介入をすると、拗れると相場が決まっている。正確には関係者ではあるが、嵐が去るのを待つ事しかマートルにはできない。
(頑張ってね、ヴィオラ)
マートルは、心の中でそっと彼女を応援した。それしか、自分にはできないのだ。
「ヴィオラ。今日は、嫌な事は忘れて楽しみましょう」
「えぇ。そうね、せっかくマートルが来てくれたもの」
それからの時間は、楽しかった。
お菓子を食べたり趣味の話をしたり、帰る頃には手土産まで貰ってしまった。
実に良い一日だったと、馬車に揺られながらマートルは改めてヴィオラへ好感を抱く。それ故に、やはり幸せになってほしかった。
(恋って、ままならないのね)
誰もが相思相愛になれたら、きっとこんな風に悩む人間も悲しむ者もいなくなるだろう。だが、それはあり得ない話だ。
人生経験の乏しいマートルに、色恋沙汰は非常に難解な問題であった。