長所は諦めないことです
お見合いが終われば、マートルは領地に帰って悠々自適に過ごすはずであった。
しかし、何故か滞在期間を延ばすようにと父親から言われ、未だに帝都にいる。因みに、まだヴィオラの家には遊びに行っていない。
「良心が、私の良心が悲鳴をあげている」
マートルは、ほぼ毎日贈られてくる手紙や贈り物を前に悲痛な叫びをあげた。
差出人は、皇太子であるシャノワールである。彼は手紙でマートルの好きな物や趣向を聞き出しては、すぐに贈ってきた。恐るべき行動力である。
「ヴィオラ様に申し訳がない。でも、皇太子の手紙を無視する訳にもいかないし……」
手紙でやんわりと「頻度を考えて」と、遠回しに書いたこともあった。それでも、三日に一回は手紙がくるのである。
「私の何が良いのかしら」
ぼつりと漏れたのは、素朴な疑問であった。どう考えても、ヴィオラの方が魅力的だと思うのだ。
マートルは無意識に「魅了」の魔法でも使っているのかと疑った事もある。しかし、調べてみてもそういった魔法の形跡はなかった。――つまり、マートル自身の魅力で好意を持たれているのだ。
「お嬢様。皇太子殿下が来られましたよ」
ディアナの報告に、マートルはこめかみを押さえる。今日は、シャノワールとの二回目の顔合わせだった。
「今、行くわ」
気を取り直して、マートルは応接間へと向かう。今回の顔合わせでは、確かめたいこともあった。
*
「やぁ、ラモンターニュ嬢」
応接間の扉を開いた瞬間、マートルは輝かんばかりの笑顔を浮かべるシャノワールと対峙した。「眩しい」と思わず目を細めたマートルだが、挨拶だけはちゃんとしておく。体に染みついた淑女教育が、ここで役に立った。
「この前、君に似合いそうな髪飾りを見つけたんだ」
シャノワールは小さな箱を差し出すと、貰ってくれると嬉しいと言う。
「まぁ、ありがとうございます」
マートルはヴィオラへの申し訳なさでいっぱいだったが、無下にもできないので箱を受け取った。中を見ると、水色の宝石で作られた銀の髪飾りが鎮座している。
――すごく綺麗。素直に精巧に作られたそれに、マートルは見惚れた。宝石がシャノワールの瞳と同じという点については、気付かぬふりをしておく。
「喜んでくれたようで、嬉しいよ」
シャノワールの言葉で、マートルは我に返る。どうやら、嬉しいと表情に出ていたようだ。
マートルはぐっと唇を一瞬だけ噛むと、己を律した。絆されかけたが、ヴィオラを応援すると決めたはずだと自分に言い聞かせる。先ほどからコロコロと床に転がっているピンクのハートは、見なかった事にした。
「あの、殿下」
「ん?」
「殿下はその……私に気を遣われなくても、大丈夫ですよ。こういうのは、他の婚約者候補の方にしてあげて欲しいと申しますか……」
ほぼ直接的に「贈り物はいらない」と言いたげなマートルに、シャノワールは眉を下げた。ころんっ、青い雫の想いの塊が転げ落ちる。
「すまない。迷惑だっただろうか。女性の扱いは学んではきたのだが、やはり見聞きと実践では違うのだな」
ころんっ、ころんっ。青い雫が何個も転がっていく。――分かりやすく悲しんでいる。
マートルは良心の呵責に苛まれ、つい「いえ、迷惑ではないです」と気付けば口にしていた。意志の弱さに、自己嫌悪である。
「その、婚約者でもないのに良くしていただくのは申し訳ないと言いますか……」
「そうか。君は、謙虚なのだな」
ニコッと笑顔を見せたシャノワールは、ころんっとピンクのハートを落とした。マートルの心情は、「もうどうにでもなれ」である。
「なら、君が婚約者になった時にでも思う存分甘やかす事にしよう」
不穏な言葉が聞こえてきたが、マートルはただ笑ってやり過ごした。反応をしてしまうと、それこそ逃げ場がない気がしたからだ。
「そう言えば私、ヴィオラ様と先日お友達になったのです」
マートルは話題を変えようと、ヴィオラの事を話した。第三者から話題を提供すれば、間接的にもヴィオラの応援になると思ったのだ。
「あぁ、ヴィオラか。彼女は気が強そうだが、純粋で面白い奴だろう?」
「あ、はい。……よくご存じなのですね」
「あぁ。幼馴染というか、小さい頃からよく知っている」
「そうなのですね」
小さい頃から、彼はヴィオラに好意を向けられているから響いていないのだろうか。マートルは年季の入っているであろうヴィオラの恋心に、何だか泣けてきた。
「ヴィオラ様は、可愛らしい方ですね。私、少し話をしただけで友人になれてしまいました」
「あいつは、気さくな性格をしているからな。でも、ちゃんと人を選ぶから君に何かを感じたのかもしれない」
「殿下は、ヴィオラ様に対して何かないのですか?」
「何か、とは?」
「あの様な素敵な女性が近くにいて、こう恋が芽生えたりとか」
マートルは、今回の顔合わせで聞きたかった事を思い切って聞いてみた。シャノワールがヴィオラをどう思っているのか、それによって彼女の恋が叶う可能性が変わってくるのだ。
シャノワールは少し考える素振りを見せると、何とも言えない顔を浮かべる。
「いや、ないな。ヴィオラは、昔も今もそういう対象ではない」
「少しもですか? 不躾ですが、彼女の家は婚約者候補の筆頭ですし少しは意識をするものでは?」
マートルは、少し言葉に力を込めた。だって、それではあまりにもヴィオラが可哀そうだ。
「確かに公爵家は候補の筆頭だが、ヴィオラは何と言うか……。とにかく、私は彼女とは結婚しない」
そこまではっきり言うのかと、マートルは言葉を失った。
身分差があるならば、ヴィオラもまだ諦め切れるだろう。しかし、彼女はその気になれば、婚約者の座を手に入れられる位置にある。
それでも好きな相手の為にお菓子を作ったり、健気に頑張っているヴィオラを想うとマートルは泣きたくなった。
「……では、殿下はどのような方なら、ご結婚をされるのですか?」
答えは分かっている。それもマートルは、彼の口から聞きたかった。
シャノワールは驚いた表情を見せながらも、「もう少し段階を踏もうと思ったのだが」と軽く頭を掻く。そして、意を決したようにマートルを見た。
「私は、君を選びたいと思う」
「本気ですか?」
「あぁ。辺境伯には、話を通している。だが、事を急ぐつもりはないんだ。君にも心の準備が必要だろうからな」
マートルは、驚かなかった。ただ、「やっぱり」という気持ちの方が大きく、同時にせっかくできた友人を失うのかと目を伏せる。
「それは、政治的にも都合がよいからでしょうか」
「いや、そうではなく……私が、君を気に入ったのだ」
「殿下が私のどこをお気に召したのかは分かりませんが……私は好きでもない方の為に皇后になれるほど、権力にも興味がないのです」
好きな人の為、皇后になって権力を得る為。努力をするには、いつだって理由が必要だ。
しかし、マートルにはそれがない。父親も権力に固執する人間ではないし、皇太子妃になりたいとも思わない。命令をされれば婚姻を結ばざるを得ないが、これだけは言えた。
「私は殿下に対して恋慕を抱いてはおりません。これから先、あなたを好きになる保証もありません。それでも私を婚約者にと望むのですか?」
命令とあれば、マートルも断れない。自分の気持ちは伝えたので、あとは相手の出方を待つだけだ。
「……いや、無理強いはしない。私は、君を縛り付けたい訳ではないのだ」
シャノワールの静かな声が、溶けて消える。マートルを真っ直ぐ見つめるその瞳に、彼女は金縛りにあったように動けなかった。
「私の両親は、恋愛結婚なんだ。というか、歴代の皇帝も、跡継ぎ問題がない限りは側室をとらずに皇后を大事にしていたと聞く」
「は、はぁ……」
「私は、互いに想い合える関係が理想だ。だから――」
――私は君に選ばれたい。
流れる沈黙。シャノワールの言葉を理解するのに、マートルは数秒ほどかかった。
「えっ、諦めるのではなく?」
「何故、諦める必要があるんだ。君は、婚約者どころか好いた相手もいないと父君からは聞いているが」
「いや、確かにいませんけど……」
「なら、問題はないな。君はまだ十四だし、時間はたっぷりある」
「……もしかして、殿下は諦めが悪い方なのですか?」
マートルの問いに、シャノワールは笑みを深くした。心なしか、マートルの脳裏に嫌な予感が過る。
「存外、私は辛抱強い方でね。待つのは得意なんだ」
それは、絶対に逃がさないという宣戦布告であった。