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一目惚れってあるんだよ



 マートルの住むヴィンタレオーネ帝国は、北の大陸の半分近くを治める大国だ。

 偉大なる魔法使いが小さな村を作ったのが始まりとされており、土地柄か血筋かこの国では強弱はあれど魔力持ちが多い。かくいうマートルも、魔力はあった。――とは言え、生活に少し使える程度だが。


(どうせ選ばれないし、お見合いなんて無駄だと思うけれど)


 皇太子妃になるならば、もっと魔力が多い令嬢が選ばれるだろう。この国の貴族間では、未だに優秀な血筋を残す為に魔力が多い者を好む傾向が強い。


(よく考えれば、城に来る事なんて早々ないわ。観光の一環だと思えば、気楽になってきた)


 馬車に揺られながら、マートルは現実逃避をしていた。

 マートルは、まだ十四歳。相手の皇太子は、三つ年上だと聞いている。

 大人の色香もない子供であり、魔力も少ないので選ばれる可能性は限りなく低いだろうと、マートルは自虐的につい鼻で笑ってしまう。恋慕を抱いていないのに、フラれたようで何だか複雑ではあるが。


(まぁ、愛想笑いで何とか時間が過ぎるのを待ちましょう)


 これでも、マートルは貴族令嬢だ。淑女教育もされてきたし、外面の良さなら両親からも太鼓判を押されている。

 例え領地で馬を乗り回したり湖で魚釣りをしていようが、野性的な部分は出さない自信はあった。



 *



「ラモンターニュ様。どうぞ、こちらでお待ちください」


 現実逃避をしている間に、城へと着いた。

 城の従者に案内をされたのは中庭で、それは見事に咲いた薔薇の園にテーブルとお茶がセットされている。


(なるほど、ここで顔合わせをするのね)


 お見合いと聞いて堅苦しい場面を想像していたマートルだったが、外の空気を吸いながらのお茶会なら多少は気も楽そうだと安堵した。あとは、お相手が来るのを待つばかりである。


「すまない。待たせてしまった」


 手持ち無沙汰に薔薇を眺めていると、凛とした青年らしい声が後ろから聞こえてきた。マートルは皇太子が来たのだと思い、振り返る。


(わぁ、綺麗な人……)


 マートルは、思わず目を見張った。

 そこにいたのは、金に近い薄茶色の髪に、淡い水色の瞳をした美青年がいたからだ。――かっこいい人だな。と、マートルは素直に思った。

 皇太子の上に容姿にも恵まれているのだから、そりゃ引く手数多だとマートルは納得をする。だからと言って、自分が皇太子妃になりたい訳ではないけれど。


(私は、殿下の好みではないのね)


 皇太子からは「想いの塊」は出ていないので、マートルを見ても何も感じてはいないようだ。

 やはり好みではないのだろうと、安心したと同時に少し癪でもある。せっかくディアナが着飾ってくれたので、少しくらい心が動いでも良いのではないかと少しは思う。女心とは、何とも複雑だ。


「ラモンターニュ辺境伯爵の娘、マートル・ラモンターニュと申します。本日は、よろしくお願いいたします」


 しかし、そんな気持ちを一切見せないように、マートルは淑女の礼をとる。

 完璧な挨拶ができたと、マートルは満足した。これだけで、今日の分の仕事は終わったとすら思う。


「……」


(……あ、あれ?)


 しかし、いつまで経っても皇太子からは何も言葉が返ってこない。

 もしかして何か知らない内にマナー違反でもしてしまったのかと、マートルの表情に焦りの色が見えた。


「あ、あの……」


 おずおずと、マートルは相手へ声をかける。


「あの、殿下」


「……あ、あぁ。すまない。少しぼうっとしていた。私は、ヴィンタレオーネ帝国第一皇子、シャノワール・ヴァイス・ラザームスヴィエートだ」


 我に返った様子で皇太子――もとい、シャノワールは名乗った。「会えて光栄だ」とマートルに手を差し出す。

 その仕草は慣れているのか、先ほどとは違って実に流れるように自然な動きだ。心なしか、笑顔が眩しい。


「私もです」


 席へとエスコートをしてくれると思ったマートルは、差し出された手にそっと自分の手を置いた。この時、社交辞令も忘れない。


「殿下にお会いできて、とても嬉しいです」


 後は微笑むだけだと、マートルはニコリとよそ行きの笑顔を見せた。


「……っ」


 シャノワールの目が微かに見開かれた瞬間――ころんっと、何かがマートルの足元へと転がって来た。思わず、目線が下へと向かう。


(えっ?)


 そこにあったのは、ピンク色のハートの形をした物体だった。見間違えでなければ、シャノワールから出てきたように思う。

 マートルは何度か瞬きを繰り返した後、疑問符を頭の上に並べた。


(どういうこと?)


 マートルは、再びシャノワールへと視線を向ける。


「ん? 何か不備でもあっただろうか?」


「あっ、いえ……」


 目の前の彼は、実に絵本に出てくるような王子様ぶりを発揮しており、微笑みを浮かべているだけだ。

 気のせいかとマートルは考えたが、そうこうしている間にもポンッポンッとシャノワールからはピンク色のハートが転げ落ちては地面へと転がっていく。――気のせいではなかった。


(えっ、殿下は私に好意を持ったの?)


 ピンク色のハートは、「恋慕」を表す。


(なんで?)


 シャノワールとは初対面であり、もし相手が「恋」をしているならば、一目惚れということになる。何せ、挨拶しかしていないのだから。

 マートルは生まれて初めて、人が恋に落ちる瞬間を見た。しかも、相手は「皇太子」で対象が「自分」である。


(どうしよう)


 嬉しいとか女冥利に尽きるとか、そんな言葉は浮かばなかった。ただ、どうして良いのか分からない。そもそも、皇太子と結ばれたいなどと思った事がなかった。


(よし、とりあえず見なかった事にしよう)


 現実から目を背け、器用に転がっているハートを避けながらマートルはテーブルへとつく。

 マートルにとって不安しかない見合いが、今始まろうとしていた。




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