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番外編:恋は盲目と言いますが①

ヴィオラとフェルマの馴れ初めです。

こちらも、違うパターンの勘違いハッピーエンドです。



 異性同士の幼馴染というのは、中途半端だ。

 兄妹のように育ったのに「家族」ではなく、誰よりも近い他人なのに「恋人」にはなれない。

 こちらがどれだけ特別に想っても、相手から選ばれなければ「一番」にも「特別」にもなれないのだ。――と、十ニ歳の夏。ヴィオラ・ヴィアラクテアは、茶会で女性と親しげに話す幼馴染を見て、唐突に悟った。






「私には、何が足りないのかしら?」


 ふとヴィオラの口から零れた疑問は、紙をめくる音しかしない部屋で静かに響く。


「謙虚さじゃないか」


 机の上に山積みになっている書類に目を通す幼馴染み――もとい、ヴィンタレオーネ帝国第一皇子である、シャノワール・ヴァイス・ラザームスヴィエートは答えた。


「何をおっしゃるの。私、これでも公爵令嬢として恥じない教養と品は備わっております。謙虚さだって、ありますけど」


「謙虚な奴は、用もないのに人の執務室に押しかけて来ないだろう」


 ヴィオラが「シャノワール様、聞いてくださいな」と、彼の執務室に押しかけたのは数十分前だ。今は、用意されたお茶と菓子をいただきながら、ヴィオラはシャノワールに一方的な「恋愛相談」をしている。


「あら。シャノワール様に対して、謙虚さは必要ですか?」


「お前、それは不敬だぞ」


 呆れながらも、シャノワールは責めるつもりはなかった。このようなやり取りも、顔を合わせれば恒例行事のように行われるからだ。

 よく言えば、気心が知れた兄妹のような相手。悪く言えば、互いに恋愛感情が一切生まれない殺伐とした間柄である。


「そんなに、フェルマが好きなら公爵に頼んで、婚約でも申し込んでもらえば良いだろ」


「簡単に言わないでくださいな。断られたら、立ち直れませんわ。利害が一致した政略結婚ならまだしも、向こうは選び放題。無理強いできるほどの材料もないですし……」


 ヴィオラの想い人であるフェルマ・メンセクォタリーは、公爵家の一人息子だ。そして、メンセクォタリー家は精霊と関わりが深いとされ、国内外でも一目を置かれている。

 その息子となれば、娘を嫁にと望む貴族は多いだろう。実際、シャノワールとフェルマを誰が射止めるのかと、年頃の令嬢たちはよくお茶会などで話題にしていた。


「自分で言うもの変ですが、家柄も釣り合っていますし。容姿だって、悪くはないと思うのです。おまけに、気心が知れた幼馴染みという好条件!」


「私も小さい頃からお前を知っている。だが、これっぽっちも心が揺らいだ事がないな」


「それは、あなたの好みの問題では?」


 幼少から知る、三つ下の女の子。シャノワールにとっては生意気な妹分ではあるが、フェルマも同じとは限らない。ヴィオラの主張に、シャノワールは首を傾げる。


「逆に聞くが、お前は自分がフェルマの好みだと思うのか?」


 痛いところを突かれ、ヴィオラは顔を歪めた。


「うっ……まぁ、そこは分かりませんけど。フェルマ様と、女性の好みとか……そういった話をしないのですか?」


「ないな。あいつの好みは見てれば分かるし、そもそも興味がない」


「えっ、分かるのですか!?」


 教えて欲しいと申し出るヴィオラに、シャノワールは考える素振りを見せた。しかし、すぐに「何となくだがな」と濁す。


「その何となく。が、気になるのですが?」


 教えろと言わんばかりに、ヴィオラは目で催促した。じぃっと見つめるヴィオラに、シャノワールは溜め息をつく。


「確証はないぞ。あくまで、私が感じてるだけだ」


「はい」


「あいつは――」


「はぁぁぁ、疲れた。避難させてよ、シャノ~!」


 噂をすれば、なんとやら。シャノワールの言葉は扉を開けた人物によって、掻き消された。


「あっ、ヴィオちゃんもいるじゃん」


 現れた青年――フェルマは、ヴィオラに気付くと当たり前のように隣へ座った。あまりにも自然であり、昔からそうなので誰も異議を唱えない。


「この前のクッキー、美味しかったよ。また作ってね」


 にこにこと笑顔を浮かべる彼に対し、ヴィオラは薄く頬を染める。ここで「嬉しいです」と言えれば返事としては満点なのだが、残念ながらヴィオラの口から出たのは意外な言葉だ。


「別に、フェルマ様の為に作った訳じゃありませんし」


 ――違う、そうじゃない。ヴィオラは、頭を抱えたくなった。心なしか、視界の端でシャノワールが「お前、馬鹿なのか」と言いたげな視線をヴィオラに送っている。


「小麦粉が大量に余っていたので、その……作っただけですから」


 モゴモゴと言い訳をするヴィオラは、自分でも頭の悪そうな理由だと思った。しかし、フェルマを前にすると「素直」という感情が家出をしてしまうのである。

 昔から、そうだ。ヴィオラは社交的な性格だが、好きな相手の前になると、途端にポンコツになった。思ってもない事を口走り、後悔した事は腐るほどある。


「でも、嬉しかったからお礼を言わせてよ。それに、ヴィオちゃんのクッキーは美味しいから好きだよ」


「……っ」


 ヴィオラの心臓に、大きな一撃が打ち込まれた。思わず胸を押さえ、眉を寄せる。

 ――好き。脳内に溢れる言葉は、実にシンプルだ。


(こんな素直じゃない私にも優しいなんて、フェルマ様は聖人なのかしら)


 フェルマは、昔からヴィオラに優しい。

 小さい頃に城で迷子になった時は一番に見つけてくれたし、飼っていた小鳥が死んで泣いていた時も慰めてくれた。この時シャノワールもいたのだが、ヴィオラの記憶からは都合よく消されている。

 最近の話では、甘味が好きなフェルマの為にと始めたお菓子作り、当初は固すぎたり焦げたりしていたのだが、「これは、食べ物なのか」と毒づくシャノワールに反し、フェルマは「食べられるから、問題ないよ」と全部食べてくれた。


(はぁ、やっぱり好きだわ)


 恋は盲目。好きな相手の優しさは、通常の何倍も嬉しく思うものだ。おかげでヴィオラは、年を重ねる毎にフェルマを好きになる。

 自分の世界にヴィオラが浸っていると、シャノワールが「ところで」と口を開いた。


「何しに来たんだ、フェルマ」


「ちょっと、休憩だよ。最近、僕も忙しいしね。息抜き、息抜き」


「そうか、帰れ」


「シャノは、すぐに帰れって言う。ヴィオちゃんも、僕がいた方が嬉しいよね?」


「は、はぁ? 別に嬉しくありませんけど」


 顔を真っ赤にさせながら、ヴィオラは否定する。しかし、すぐに後悔して顔を青くさせた。百面相である。

 フェルマはそんなヴィオラを見て、不快そうに顔を歪める――訳はなく、嬉しそうに「ヴィオちゃんは、可愛いね。見てて飽きないよ」と笑うだけだ。


「イチャつくなら、他所でやれ」


「シャノってば、ヤキモチ? 大丈夫だよ、僕の親友は君だけだからさ。言ってくれれば、いつでも相手をしてあげる」


「キリッとした表情を作るな、気色悪い」


「酷いな」


 肩を竦めながら、フェルマは不満げに口を尖らせる。そんなフェルマをシャノワールは、いつもの事なので無視した。

 一方、二人の会話を右から左へと聞き流しながら、ヴィオラはフェルマを盗み見る。今度はいつ会えるか分からないので、その姿を目に焼き付けておこうと考えていた。


「そう言えば、シャノ。今度は、ラモンターニュ家のご令嬢とお見合いをするんだって?」


 話題を変えたフェルマに、シャノワールは「あぁ」とだけ答える。さして、興味がなさそうだ。


「私は問題ある令嬢じゃなければ誰でも良いのだが、母上が『人を好きになるって、素晴らしいのよ』と出会いの場を設けてくるんだ」


 母親の真似なのか、少し甲高い声を出したシャノワールは、面倒くさそうに呟く。「誰でも良い」というのは、本当に色恋沙汰に興味がないからだ。

 しかし、彼はその数日後に見合い相手に一目惚れをして、その人生観をガラリと変えてしまうのだが、今は割愛をしておく。


「はぁー、我が親友は枯れていて嘆かわしいね」


「お前は、節操なく関わり過ぎでは? 聞いたぞ、この間の茶会でもご令嬢に囲まれていたと」


「話しかけられたら、無下にはできないだろう? 女性には、優しくするもんだよ。それに、僕はちゃんと『特別』を一番大事にしてるからね」


 意味深に目を細めるフェルマに、シャノワールは何とも言えない表情を浮かべた。

 思わずヴィオラを見るが、彼女はフェルマに見惚れていて夢の世界へと旅立っている。――つまり、先程の会話など聞いていなかった。


「……お前たちといると、疲れる」


 シャノワールは片手で頭を抱えると、自分を巻き込むなと呟く。それでも本気で追い出さないのは、気を許しているからだろう。

 結局、ヴィオラもフェルマもしばらく執務室に居座るのだった。



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