最後はハッピーエンドに限る
ヴィオラの登場に、マートルは体から血の気が引いた。
――最悪だわ。彼女には、日を改めて気持ちを打ち明けるつもりだった。例え責められても、正直な気持ちを打ち明けて謝罪をした上でシャノワールと向き合おうと決めたのに。
「……あら。マートルも一緒にいたのね」
マートルは、ヴィオラの顔を見る事ができなかった。名前を呼ばれ、びくりと肩を震わせる。
「何の用だ、ヴィオラ」
少し不機嫌そうな声で、シャノワールは問う。その間、引き抜こうとするマートルの手に力を込めた。逃がす気はないようである。
マートルは、緊張で喉がカラカラになってきた。だが、彼女には自分の口から言わなければならない。
「あ、の。ヴィオラ……」
「ごめんなさい、マートル。シャノワール様だけだと思ったの。私ったら、邪魔をしてしまったわ」
ヴィオラの言葉に、マートルは驚いて顔をあげた。
「えっ、怒らないの?」
「えぇっ、どうしてマートルに怒るの?」
マートルの問いに、ヴィオラは不思議そうに目を丸くさせる。
シャノワールと手を握り合っているのに、ヴィオラは怒っている様子はない。むしろ「シャノワール様ったら、マートルに無理強いをしてないでしょうね」と、シャノワールを睨む始末だ。
「ヴィオラ、あなたシャノワール様が好きなんじゃ……」
マートルは、呆気に取られながら呟いた。これには、ヴィオラを始めシャノワールも目を微かに見開く。
「ヴィオラが私を好き? あり得ない……」
先に否定をしたのは、シャノワールだった。
「やだ、マートル。私がこんな顔は良くても底意地の悪い人間を好きになると思う?」
「おい、不敬だぞ」
今度は、ヴィオラが否定する。あまりに全力で否定をするので逆に怪しいが、ヴィオラからは不快を表す灰色の塊が出ていた。
ここで漸く、マートルはヴィオラから直接好きな相手の名前を聞いていない事に気づく。
「えっ、じゃぁ……ヴィオラの好きな相手って? 小さい頃から好きだって……」
「前に会ったフェルマだ。ヴィオラは、昔からフェルマが好きでな。私の所にあいつがよく来るから、ヴィオラも何かと理由をつけて来ていた」
「私ったら、名前を教えていなかったのね。ごめんなさい、マートル。その人には興味はないから、安心して」
「そうはっきり言われると、腹が立つな」
「すごく悩んだのに……」
マートルは、一気に脱力した。どうやら、恐れていた修羅場は訪れないらしい。ふらりと傾くマートルの体を、シャノワールが支える。
「……というより、ヴィオラ。何の用だったんだ」
「あっ、そうよ。シャノワール様! マートルも聞いてちょうだい。私、フェルマ様と婚約が決まったの!!」
黄色い声をあげ、真っ赤に顔を染めるヴィオラはポポンッと赤いハートを落とす。愛情に満ちたそれを見て、マートルは驚くよりも嬉しくなった。
「良かっ……良かったわ、ヴィオラ」
マートルがヴィオラに幸せになって欲しいと思ったのは、本当だ。短い付き合いだが、シャノワールを諦めようと葛藤するくらいには、彼女の事が大好きだった。
ポロポロと嬉し涙を流すマートルに、ヴィオラも「ありがとう、マートル」と、もらい泣きをする。その異様な現状に、シャノワールだけが取り残されていた。
「私ね、勇気を出して告白をしたの」
「うん」
「なんと、私たち両思いだったのよ。私、嬉しくて……」
「うん、うん」
未だに嬉し涙をこぼすマートルに、シャノワールは横からハンカチで涙を拭いてあげる。端から見ると、恋人の世話をしているようにしか見えない。
「これは、シャノワール様に報告しようと思って今日は来たのよ。一応、幼馴染みですからね。あっ、もちろんその後はマートルの所に行く予定だったわ」
「そうか。用が終わったなら、帰れ。あと、報告なら昨日フェルマからも聞いた」
マートルの代わりに、シャノワールが答える。
「あら、そうなのですか?」
「今度から、私を口実にお前が訪ねて来なくなるから清々する。ただ、まぁ……お前たちを間近で見てきたから、嬉しいとは思うがな」
「シャノワール様ったら、素直にお祝いもできないのですか?」
「それはそれで、お前もフェルマも調子に乗るだろ。それに、私はマートル嬢には素直だから問題ない」
ヴィオラとシャノワールのやり取りは、まるで兄妹みたいだ。互いに気心の知れている様子が、よく伝わってくる。マートルは、何だか彼らが微笑ましかった。
「私は今から、マートル嬢と大事な話があるんだ」
「まぁ、そうでしたの? マートル、また我が家に来てちょうだいね。シャノワール様、彼女を泣かせたら怒りますよ!」
「余計なお世話だ。早く行け」
「はいはい、失礼しました」
ヴィオラは嬉しそうに笑いながら、部屋を出て行った。何だか、嵐が去ったような静けさが広がる。
「あー……マートル嬢。もしかして君が義理を果たしたい相手とは、ヴィオラの事だったのか?」
「……はい。私、彼女が殿下を好きだと思っていて」
マートルは、ずっとヴィオラとシャノワールとの間で悩んでいた事、そして指輪の事も打ち明けた。
指輪の話を聞いたシャノワールは、「私の気持ちは筒抜けだったのか」と少し複雑そうではあったが、「まぁ、それなら遠慮なく君を愛でられるな」とすぐに開き直った。実に、前向きである。
「……それで、ヴィオラの話題をよく出したのか」
「はい。好きな相手に対していじらしいヴィオラを見ていると、応援してあげたくて……」
よく考えれば、何度も顔を会わせているのにヴィオラからは牽制も警告もされていなかった。
てっきりシャノワールとの事がヴィオラの耳に入っていないのだとマートルは考えていたが、今なら分かる。単純に、彼がヴィオラの想い人ではなかったからだ。
「……でも、勘違いで良かった。私、罪悪感を抱かずに殿下に好きだと言えます」
もう、遠慮をする相手はいない。マートルは、穏やかな気持ちで、そう呟いた。
「あー……マートル嬢。……いや、マートル」
わざとらしく、シャノワールが咳払いをして立ち上がった。そしてマートルの前に片膝を突くと、手を差し出す。
「改めて言わせて欲しい。私と結婚してくれないか」
今度こそ、受け入れてくれるだろう?と言いたげな目には、期待する熱が含まれている。マートルは目を瞬かせると、眉を下げてふにゃりと緩んだ顔で笑った。
「……はい。喜んで、お受けいたします」
マートルが自身の手を重ねた瞬間、シャノワールは彼女を抱き寄せる。
「やっと、手に入った。嬉し過ぎて、心臓が破裂しそうだ」
そう呟いたシャノワールに、マートルはそっと背中に手を伸ばした。温かい体温が伝わり、ドクドクと鳴る心臓の音は聞いていて安心する。
(最初は、皇太子妃なんて無理だと思ったけど……)
マートルには、頑張る「理由」ができた。シャノワールが言っていた「互いに想い合える関係」を築けたら良いと思う。
そんな事を考えていると、視界の端でいくつもの「赤い」ハートが落ちるのが見えた。――彼の「恋」は今、成就したことで『愛』へと変わったのだ。
(何だか、胸がくすぐったいわ)
照れくさくて、嬉しい。そして、相手を愛しいと思う気持ちが、マートルの胸をじんわりと温かくする。だからこそ、余計に言葉にしたくなるのかもしれない。
「シャノワール様。私も――」
マートルはそっと目を閉じて、初めて彼への「愛」を囁いた。
本編は、これにて完結です。
いつか、何故フェルマの感情が見えないのか。とか、その後を番外編で書けたら良いなぁと思いますが……ひとまず、ヴィオラの馴れ初めを書いておりますので、良かったら読んでください。
読んでくださった方、ブクマ、評価をくださった方、楽しんで貰えたなら幸いです。ありがとうございました。




