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1.マーメイドからマーマンへ

作者はあまり魚に詳しい訳ではないです。

生態的におかしい所があってもファンタジーとして水に流してください。


やっとだ。とうとうこの時がやってきた。

この狭い箱の中でどれほどの時間を無駄にしてきただろう。

もはや自分を閉じ込めるものは何もない。

今こそ故郷へ帰り、生まれ持った使命をはたすのだ。


〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️


オレはマーマンである。しかし数十分前まではマーメイドだった。


オレ達魚人は小さいころは雌として生き、十分に成長したところで雄へと変化する。

雄になれば尾は足に変わり、陸も歩けるようになる。


そしてオレはほんの数十分前にその変化の時を迎えた。

鱗に(おお)われた尾は2つに割れて水掻きの付いた足になり、鱗もほとんどが抜け落ちて所々残るだけだ。

手の指の間の水掻きや、首にあるエラは人魚のころから変わらないが、それを除けばほとんど人間の様な姿になった。


本来なら成長を記念する華々しい瞬間だが、オレのことを祝ってくれる一族は誰もいない。

なぜならここはオレの居るべき広い海ではなく、人間の街の見世物小屋の、狭い倉庫の中の、更に狭い水槽の中だからだ。


オレは幼魚のころ人間に捕まってここに来た。

昔から好奇心が強く、マーマンになるまで待てと大人に言われるのも聞かず、しょっちゅう人間の村を見に浅瀬に行っていた。

しかしある日、遊び疲れてそのまま浅瀬で眠ってしまい、人間の魚を獲る網にかかって、目が覚めた時には船の上だった。


そしてちょうどその村に巡業に来ていた見世物小屋に売られた。

この見世物小屋はサーカスという名前らしく、陸をあちこち移動して、いろんな所でショーという出し物をしている。

オレが捕まったのはずっと前だから、故郷の海はきっと遥か遠く離れてしまっただろう。


しかし、オレは帰らねばならない。


最初のうちは水槽から逃げ出さないよう見張られてたが、陸では這いずることしか出来ない上に、呼吸も長くは続かないことから逃げるのはムリだと判断されたらしく、夜は倉庫に放置されている。

成長した今は肺も強くなり、肺呼吸のみで活動できる。

足もある。

つまり歩いて逃げ出せるのだ。


ざばりと水槽の中で立ち上がる。足に問題は無いようだ。


人間は魚人の性別が変化するのを知らないらしい。もっともそれは、人間に捕まるうっかり者はオレぐらいだと言うことなのか…。

とにかく変化をしたのが夜で良かった。倉庫の中は無人で、しばらく見つかる心配は無いだろう。


普通に水槽をまたいで外へ出る。ぐるりと見渡せば水槽からは見えなかった所もよく見える。

生来の好奇心が疼くが、今はそんな場合ではない。

さすがにこれだけの痛い目を見れば、オレだって少しは()りる。


(ム、あれは、(にっく)き鳥!)


水槽から棚を隔てた死角の位置に鳥かごがひとつおいてあった。

中の鳥は寝ているらしく、いつもは耳障りで小憎たらしい笑い声を出す(くちばし)も閉じられている。


あの鳥も、オレが今不本意ながら所属しているサーカスという群れの一員だが、あいつはショーの練習で鉢合わせした時、オレを突っついてきたのだ。あいつの調教師が止めたが、その後もあいつは獲物を狙うらんらんとした目でオレを見てきた。


だいたい、人の言葉を話す鳥がなんだというんだ。

オレだって人間の言葉くらいとっくに覚えた。


仕返しのひとつでもしてやりたいが、騒がれるのは都合が悪い。

ここには鳥の他にもいろんな動物の檻がある。今はみんな寝ているが、異変に気づいて目を覚ます前にこの倉庫から抜け出さなければ。


しかし、このまま出て行くのは良くないだろう。

自分の身体を見下ろす。


皮膚は水分をまとって少しぬめっているし、足に残る鱗は窓から射し込む月明かりを反射して、キラキラととても目立っている。


(これでは人間の振りをして街に紛れ込むのは無理そうだ。)


それに、服という物を着ていない人間はいなかった。

だが逆に、服さえあれば問題は無い。


(鱗は隠れるし、肌もちょっと服で拭いてしまえばいい。服を着るのは人間なんだから、オレも人間ということになるんじゃないか?)


そうと決まれば服探しだ。幸い倉庫には衣装もしまってある。


衣装棚を漁る。


オレが舞台で着せられていたヒラヒラでキラキラな衣装が出て来た。

これは違う。オレでもわかる。人間の雄でこんなもの着てるやつはいなかった。第一これは服じゃないと思う。腹や肩はむき出しなのに、腕には布があるのだ。


次に色とりどりで派手な服が出て来た。ピエロとか呼ばれてたやつが着ていた服だ。

ピエロは雄だったがこれも違う。

サーカスにはお客さんと呼ばれる人間が大勢来たが、こんな派手な服はピエロだけだった。


次は真っ黒な服が出て来た。黒子と呼ばれてたやつらが着てた服だ。

よし、これでいいだろう。

黒だから地味だし、いっぱいあるからひとつくらい無くなっても大丈夫だ。きっと。


さっそく身に付けていく。オレの入った水槽を運ぶのも黒子達だったからどんな風に着るかはわかってるつもりだ。


(おっとその前に…)


胸に巻いてあった布は支えを無くし腰に引っ掛かっている。それを外し、水槽の上で絞る。


(せっかくの服が濡れてしまうからな。)


人間は濡れた服は着ないのである。

絞った布はエラを隠すために首に巻いておく。砂ぼこりからもエラを守れる。オレは賢い。


黒子の服も全て身に付け、これですっかり人間そっくりになったはずだ。


これでいつでも出て行けるが、せっかくだから他にも何か持っていこう。

遠い故郷へはおそらく長い旅になる。餞別(せんべつ)くらいもらってもいいだろう。



主人公は人間と同じくらいの知能が有りますが、世間知らずの上、魚としての本能もしっかりめに有るので、言動が少しアホっぽくなります。

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