第二話『ミルクなんて出ませんから』
「――――!」
殆ど絶叫とも言っていい鳴き声を上げ続けるトカゲ。基恐らくゲームとかで見たことのあるドラゴンと言って良い感じの生き物を腕の中に抱えて困惑する。
だって子育てしてくれとか言われたってドラゴンの育て方なんて知らないし、そもそも私は人間の子どもの世話だってしたことがない。
せめて猫、そう。子猫を拾って来て育てたことはあるけど、その時だって自分じゃ何も分からなかったから必死に病院の獣医さんに聞いたり、本を読み漁ったり、ネットで情報を集めたり、兎に角色々と調べられる環境があったからこそどうにか出来たのだ。
「先人の知恵頼りなんだよなぁ、基本的に」
現代人なんてそんなものだ。先人たちが残してきた色々な知識を拾ってまるで自分のもののように扱って生きてるだけ。私もそんなものでしかないのに。
此処に残されたのはドラゴンなんか育てたことのない、現代の知識しか持たない一般人の女と、これから魔王に育っていくらしい小さなドラゴンの赤ちゃん。
「……この子の親は、」
居たらこんなに子供が鳴いてる時点で直ぐに寄ってくるか。普通は。人間の感覚的には。
だから、私がこの子を育てなければいけない。そんなことを言っていた男の人の言葉をそのまま信じるしかない。自信は、ないけれど。
「取り敢えず、ミルク探さないと」
残念ながら私に母乳を出すことは出来ない。何せ出産後の母親でもないし、そもそも未経験だ。処女だ。
動物だと例えば。自分の子どもじゃなくても赤ちゃんを前にしたら母性が溢れ、母乳まで出たなんて例は聞くが私にそれは起こらないだろう。多分。
腕に赤ちゃんを抱えたまま、歩き出す。
そういえば此処はなんというか、何処かの城みたいな内装の部屋だった。良くゲームやアニメで見たような。
赤ん坊が置いておかれた場所には、立派な椅子がある。
あれを玉座、っていうのかも知れない。
***
暫く建物内を歩いていると、階段を下りて暫く歩いた先に台所――というよりは立派なお店のキッチンみたいな場所を見つけた。明らかに家庭用ではない。大きな空間に誰も、人の姿も他の生き物の姿もなかったが、並んでいる食器や料理道具などは綺麗に手入れがされていた。使おうと思えば問題なく使えそうだ。
「とはいえ、ミルクなんてどう作れば……」
牛乳があればいいかも知れないと思ったが、あれは確か赤ん坊にはダメじゃなかっただろうか。だって子猫さえ人間のは飲ませないで下さいと言われた。
このトカゲの赤ちゃんにとっての最適なものが何かが分からない。赤ちゃんだから何でも試すって訳にもいかないし、私が代わりに飲んだって意味はない。大人が平気なものと赤ちゃんが平気なものは違う。――例えば、蜂蜜だって。
「これは、冷蔵庫?」
なんだか冷気を漂わせてる大きな木の箱。観音開きの扉がついたそれを見上げ、そっと開いてみる。
中には、色々と食品が詰まっていた。なんの動物のかは少し判断がつかないが肉の塊と、ちょっと見慣れたものと似てるようで違う野菜。
「うーん」
それを一旦閉じて、更に家探しする。何かないだろうか。ただ育てろと無責任に此方に渡したとは思いたくない。
何かこう、便利なものは――。
「…………」
少し高いところの棚を開けた途端、見慣れたイラストが目に入った。可愛い赤ちゃんのイラストが入った箱と、哺乳瓶らしきもの。
これは、確実に人間用の粉ミルクだと思う。
「……これで良いのか?」
猫さえ専用ミルクがあったのに。すごく悩むが一応それを取り出して、見比べてみる。
腕の中のトカゲは相変わらず必死に鳴いていた。これがご飯を要求する声なら、余計に可哀想だ。
「仕方ない、やってみるか」
作り方は箱に全部書いてある。一旦トカゲを傍の安全なところへと置いて、私は長い袖を捲り上げた。