第一話『ハロー、私の赤ちゃん』
突然の交通事故により、私は死にました。
さらば平凡な私の人生。ようこそ多分天国。出来れば綺麗な天使さんに出迎えられたい。そしてもし許されるなら次の人生は今までよりもう少し幸せな――。
「そんな貴女に朗報です。今回は名誉ある役目に選ばれました! さぁさぁ頑張ってお役目を果たし、世界をリセットしちゃいましょう!」
遠ざかる意識の中に、そんな馬鹿みたいに明るい声を聞いた気がした。
***
ハロー私。目が覚めたら目の前には立派な玉座がありました、と。なんだこれ。
「――――!」
途端、響くのは何とも声にならない獣の鳴き声だった。それはまるでサイレンのように響き続け、私の頭を揺さぶって来る。痛い。煩い。止めて欲しい。というかなんか、その声を聞いていると胸がざわざわする。
声のする方へと歩いて行くと、玉座の上でもぞもぞと白い布が蠢いていた。なんだろうこれ。不思議に思いながらもその布をそっと持ち上げると――その下には真っ黒な、人の赤ちゃんぐらいの大きさの翼の生えたトカゲが転がっていた。
「――!」
声はそのトカゲが出しているものだ。必死に叫んでいる。これどうしたらいいんだろう。泣き止んで欲しいんだけど、どうしたらいいのか分からない。
「ハロー」
トカゲを前に戸惑っている私に、別の声が響く。軽い調子で私みたいな挨拶を口にしたその人物へと振り返ると――そこには綺麗な顔をした……多分男の人っぽい人が立っていた。凄く気安い感じに手をひらひらと振っている。
「どうも。この度、名誉ある魔王の母に選ばれた人間さん。君にはその魔王の赤ちゃんを育てて欲しいんだ。そしてこの世界をリセットして欲しい。そしたら君の次の転生先を僕が斡旋してあげよう。君が望む人生を君に与えてあげる。悪くない話だろう? 君はちょっと大変な子育てをそうだな。10年ぐらい頑張ってくれればいいんだ」
いきなり告げられる言葉に、理解が追い付かない。えっと、この人は何を言ってるんだろう。魔王の赤ちゃん? 世界をリセット? 子育て?
……単語だけ並べていくと本当に余計意味が分からなくなる。
「すみません。私突然の事で何が何やら全く分からないので、一つ一つ丁寧に説明してくれませんか」
なので思い切って素直にそう言ってみると、目の前の綺麗な顔をした男性はその宝石のような瞳を大きく瞬かせて小首を傾げた。
「えー、今ので分からない? ううん。僕もあんまり長ったらしい説明とかしたくないんだけどな。何より君が理解出来なくても『見ている人たち』は理解できただろうからそれで充分さ。じゃあまぁ、頑張ってねー。応援してるよー」
そして更に意味の分からないことを言って、あっさりと何も分からない私を置き去りに立ち去ってしまう。本当に、ちょっと歩いてそのまま壁の中に姿が解けていくように。
こうして私は、たった一人。……基、一匹のトカゲと私だけ残されてしまった。
腕の中で大きなトカゲが鳴き続けている。――取り敢えず、この子に鳴き止んで貰わないと、なぁ。