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勇者、決意を固める話

一方そのころ勇者は―――的な。勇者視点です。


「縁もゆかりもないってのによく頑張ってると思うぜほんと」


俺にとってもはや相棒といってもいいそいつは、俺の肩をぽんぽんと叩いてこの場を後にした。

なんだか優しい手つきと体温、声色を俺に残して。


「なんだよそれ……」


ここまでなんとかなってきたのは、ひとえにあいつのおかげだっていうのに。

なんとなく名残惜しく感じて、あいつの残した体温を感じた肩をそっと押さえた。


まぁその……色々あって、切羽詰まってた旅のはじめ。

召喚された王国のすぐそばの村の外れにある小さい森で、警戒心の塊だった俺を彼は見つけてくれた。

俺のこと知ってた様子だったしあの状況だったらアレコレ聞きたくなるところだと思うけど、彼は俺に根掘り葉掘り聞いてくれることもなくむしろ俺の話を静かに聞いてくれていた。当初は「ふーん」とか「へー」とか適当に相づちを打たれてたから聞き流されてるかと思ってたけど今になって思えば意外とあれで彼はきちんと聞いてくれていたりする。

そしてその時、話し終えて俺は思った。剣を生業としている彼ならひょっとしたらこの人は俺を助けてくれたりするんじゃないかって。


王様から紹介してもらった仲間が全滅してしまってからも、再出発するように命じられて、でも再び俺に着いてきてくれる仲間なんていなかった。

自分から仲間を募るなんてできなかった。何をどうしたら紹介してもらえるか、どこに行って何をすればいいかなんて、この世界初心者の俺に分かるわけがなかった。

王様が再び仲間を紹介してくれなかったのも、出発早々の度重なる不運に見舞われた俺に少し腰が引けてしまったのかもしれないなと今になって思う。本当のところは分からないけど。

だから、そんな事情を知った彼はもしかしたら手を差し伸べてくれるんじゃないかって期待を抱いていたんだ。だって俺は特別な存在だろって。世界を救うために喚ばれたんだから俺は特別で、手を差し伸べられるべき存在だってやっぱりどこかで思ってたから。


ところが彼は話を聞くだけ聞いて、さっさと踵を返そうとしていた。

彼が使っていた道具類を餞別にと投げて寄越してきて。

俺は焦った。とても焦った。

元の世界に帰る見込みが今のところ立たないし、唯一掴める可能性は王様が言っていた魔王を倒したら叶うだろうという言葉。

どう考えたって俺ひとりで為し得ることができるなんて思えなかった。今この人を捕まえなくては、と。


慌てて立ち上がった。立ち上がった拍子に俺の膝の上に落とされた、彼が寄越してくれた道具袋を落としてしまったけど、それにも構わず彼を追いかけた。

背を向けられたマントを掴み彼を呼び止めた。彼は俺の手を振り払うことなく立ち止まってくれる。

さっきの道具袋もそうだ、素っ気ない態度でも見ず知らずの俺をいくらか思ってくれた結果なんだろう。それなら望みはあるはずだ。

どうしたら彼は自分についてきてくれるか。どうしたら彼を引き留められるか。

咄嗟に思い出したのが、彼がフリーの剣士であるということだった。雇われて剣を振るうことを仕事としているのであれば俺と契約してもらえばいいと。

結果的にあれは正解だったとあの時の自分を褒めたい。彼と共に旅をすることができて良かったと、何回思ったことか。


無事に彼をゲット(雇用主として)できた俺はその後とてつもなく彼のお世話になった。

この世界のイロハとしての知識をはじめに、旅の準備もそうだし、最初に訪れた村で彼に紹介してもらった道具屋のご主人もそうだ。

旅を続けていくうえで彼方此方と村や町、国をまわってるけど、単独行動をしていて困ったときに何度もご主人に助けてもらったりもした。


そして何よりも戦いについて彼から学んだ。勇者とは剣を扱う者だそうで、魔王を倒すべく伝説の武器も剣であると伝えられているそうだった。

だから俺も必然的に剣を持たされたが、よく考えてほしい。俺は現代っ子だ。21世紀日本に生きる若者が初見で剣なんて扱えるわけがなかった。運動神経が多少あろうが、それこそ多少の足しになるほどだった。

異世界特有のチートとか、不思議とスゴ技が扱えたりするんじゃなかった。現実がひたすらに俺に厳しい。

文字が不思議と読めたり、言葉が通じたり、人とのコミュニケーションで苦労しなかったのだけが救いかもしれなかった。

贅沢を言えば、この世界の常識とか生活する上での必須知識くらいは搭載してほしかったよ俺に。


ともかく、ド素人の俺がなんとかサマになって戦えるようになったのも彼のおかげだった。

経験ゼロスタートの俺に剣の持ち方から教えてくれた彼の根気には頭が下がりっぱなしだ。

スタート地点こそゼロだったけど、こんなところで異世界ボーナスが発揮されたのか、剣の技術は我ながらメキメキあがったと思う。

彼から直接言葉をかけてもらったことはなかったけど、最近では戦闘時に背中を預けてもらうことも多くなってきて、彼からの信頼が見えるようで嬉しかった。


そう、普段気安い会話はするけど、お褒めの言葉なんて滅多にもらうことがなかったんだ。

それが、なんだ。優しい手つき、優しい声色、優しい言葉。俺の涙腺を刺激してくること山の如し。


でもなんで急にそんな、普段にないような言動を……

いつ戻ってくるか分からない彼に気づかれたくなくて目をゴシゴシ拭いててふと、ひとつの可能性が思い当った。思わず冷や汗をかく。

もしかして、彼は離別を考えているのでは、と。


実は俺と彼は未だ雇用関係にある。彼を護衛として雇い続けているわけである。

いつだったか、一度雇用契約を解消しようと彼から持ちかけられたことがあったのだ。

金に余裕はそこまでなかったけど彼に払い続けられないほどではなかったのに突然どうしてと、悲観的な気持ちになったのを覚えている。

そのときの俺は、彼からの持ちかけに応じられなかった。

彼との雇用契約が切れたら彼はどこかに行ってしまう、自分はまたひとりになってしまうという恐怖に勝てなかった。

少なくても俺が金を払い、護衛をしてもらうという体裁が続くかぎりは彼と旅を続けられると思っていたから。

だって彼は元々フリーな剣士だ。縛っておける何かがないと自由にどこへでも行ってしまう。

そう思って、無理矢理契約を続けてもらっていて今がある。金額は彼の厚意で減額されたけど、未だに俺と彼は護衛対象と雇われ剣士。友情はいくらか育めていると信じたい。


この、カタチばかりの関係に、ついに彼は終止符を打つ気でいるんじゃないだろうか。そんな考えが過ぎったのだった。

その考えに行き着いてしまったら、そうとしか考えれなくて、だから最後に俺に言葉をくれたんじゃないだろうか。


「ただいま、っと。……おいおい頭抱えてどした?」


ガサガサと音を立てて彼が帰ってきた。どさっと近くで物が落とされた音がする。

俯いていた顔を上げると焚き火の横にたくさんの追加の枝が山積みとなっていた。一晩は余裕で越せそうな量だ。


「ううん、なんでもない。それより枝拾いすぎじゃない?」

「考え事しながら拾ってたらいつの間にかこんな量になっちまってた」

「そ、そっか、考え事……」


これはやはりそうなのでは。俺の予感的中なのでは。

拾ってきた枝を何本か焚き火にくべ、汚れた両手をパンパンと叩き払う。

俺の座っている斜め向かいあたりに腰を落とした彼は少し間をおいて「なぁ」と俺に声をかけた。その声色はいつになく真剣だ。


「ちょっと、話があんだけど」


やっぱり来た。思わず身を固くしてしまった。

別離の話だろうか。契約解消の話だろうか。

願わくば、彼が今後も共に旅をしてくれますように。

俺は祈る気持ちで、彼に話の続きを促した。



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