成長中の勇者サマ、剣士との語らいの話
「―――なーんてこともあったよな、オマエ」
「今更そんな前のこと持ち出すなよ」
オレらがいるのは精霊の森の中。その一角に位置するエルフの村の真ん前で野宿が決定した今夜。慣れたもので勇者もせっせと野営準備にとりかかり、あっという間に完成。
勇者と二人焚き火を囲んでちょっとした思い出話に花を咲かせていた。
今日改めて勇者の成長ぶりを目の当たりにしたもんで、ふと出会った当初を思い出したわけ。
長々と昔語りをしちまったな。
オレらはがここに来た経緯はこうだ。
神秘の泉とオレらが呼んでいるそれが魔王軍の手によって汚されて、世界を覆っていく魔の力を増幅させているという事実に行き当たった。
その汚れの原因を取り除く手段をエルフたちが知っているのではという情報を掴んだオレらはどうにかこうにか精霊の森に住まうエルフの村までやってきた。
いやー本当大変だった。世俗から離れて過ごすこいつらは徹底的に外部との接触を拒んでいたのだ。全然村にたどり着けない。
森を進むオレらは散々に迷わされ、迷わされ、もはやどこを歩いてるのかわからないようになっていた。
このままではラチがあかないと町に戻って仕切り直しを考えていると、狩りに出ていたエルフの子らが魔獣に襲われていてるところに遭遇したんだった。
こいつらにとっては魔獣に襲われ不運であったろうが、オレはその時正直ついてるなと思った。
ここでエルフ族を助けたら村まで行けるんじゃないかという打算があったからだ。
オレにその考えが過ぎった瞬間にも、勇者は一も二もなく魔獣の前に飛び出ていき魔獣討伐に狩り出ていった。
当初に比べると、勇者も戦闘に対して怖じ気づくこともなく堂々と剣を振るえるようになっており、オレの出る幕もなく討伐が叶い、子供らを助けることができた。
勇者は心底襲われた子供らを案じている様子で、ケガをしているやつに勇者がいつの間にか習得していた回復魔法のヒールもかけてやっていた。
オレの期待通り、子供らを村まで送るということで村まではたどり着けた。
襲われていた子供らは帰りが遅いと親に叱られていて、心配したんだからと子供らをぎゅっと抱きしめる親の様子を村の入り口から見守っていた。
入り口にいたままで中に入れなかったのは、助けてくれたことには感謝するが余所者を村へ入れるわけにはいかないと入り口を守る門番にはじかれてしまったから。
流れの剣士をやってきてそれなりに顔が広い俺とはいえさすがにエルフに知り合いもいないし、この件に関してはカンペキにお手上げだった。
エルフ族は頑固で排他的であるとの特徴がよく挙げられている。ツテもないしどうすっかなぁとオレが頭をかいていると、そこでもまた勇者は立ち上がった。
この世界はこれだけ危機に瀕している。
それに立ち向かうにはオレら人間だけじゃない、精霊も、エルフも、ドワーフもみんな一丸とならなくてはいけないんだと。
自分は異世界から来たがこの世界は守るべき良い世界だ。
俺はどうしてもみんなが住むこの世界を守りたいんだ。
だから、どうか話だけでも聞いてほしい、と。
勇者の訴えに、助けた子供たちが賛同して、とりあえず話を聞くだけならという譲歩を引き出した。
ただ、肝心の村長が何やらの儀式で村民立ち入り禁止の区域から離れられないため正式に入村する許可を今は出せないと言われた。
話をする機会を得られただけよしと思っていたくらいだし、村の前で野宿するのは問題ないと言質もとったので今現在のオレらに至るわけだ。
門番ともばっちり目があう距離で、時折目が合うとすまなさそうな表情を見せてくる。そんな表情を見せてくれるだけで、だいぶ奴らは柔軟なタイプではないかとは思う。
昔がどうだったかなんて知らないが、今は人間とエルフの交流なんて滅多にない。強固に守ってきた境界に多種族がいきなりやってきて入れてくれ、なんてよ。ハイ、ドウゾなんて入れてくれるわけがない。
それで今までこの村は守られてきたんだろうし、それを無理矢理ねじ曲げるわけにはいかないもんだ。
どこでだってそこに住まう者たちで守るべきルールがある。
臨機応変に融通してくれって思うことも勿論あるがひとりで生きていくには自分だけが良ければいいってわけにはいかない。
知らず知らずで誰かに助けれてそれぞれは生きている。一つ処に属してないオレがひとりで生きていくには行く先行く先で順応していく必要があった。
そんな話をいつだったか勇者にしたときには珍しそうな顔をされたっけ。
自由気ままに生きてるオレがそんな風に考えてるとは思わなかったとか言いやがる。オマエ、オレのことなんだと思ってんだよって言い返してやったら今度は「確かに……」なんて深く頷いていた。
自分さえ良ければいいなんて考えがあったらあの頃俺を助けてくれたりしないよな。真顔で言ってくるから茶化せずになんとなくこの話は終わったっけ。
まぁそういうわけで、まだ一歩踏み込めただけだが、頑固と言われるエルフに対しては大きな一歩だとオレは思う。
これから村長を口説き落とさなきゃだが、それはまた明日の話だ。勇者ならなんとかしてしまうだろうと思ってしまうオレも随分楽観的になったもんだ。
「初めて会った頃に比べて成長したもんだなって感慨深くなっちまうんだよ。オヤゴコロってやつ?」
焚き火を囲んでるとどうにも感傷的になってしまうことってあるよな。
誰かに教えたりなんだりってしたことなかったオレだけど、自分が教えたあれこれを吸収して成長していくサマを間近で見てると、こんなのも悪くないなって思えた。
師匠がジジイになっても弟子をとり続けるワケが少し分かったような気がする。
「なんだよそれ。褒めてんの?」
「褒めてんだろー。いやービビりのオマエがよくやってきたなって」
「微妙にバカにされてる気がする……」
「いやいやほんとに。オマエにとって縁もゆかりもないってのによく頑張ってると思うぜほんと」
隣に座ってた勇者の肩をぽんぽんと軽く叩いて立ち上がった。
ここは村の真ん前で、目が合う距離には村の門番だっているし、そうそう何かあるとは思えないが、森の中だしいつも通り交代で見張り番はするつもりだ。
まだ完全に日が沈みきっていない今のうちに、もう少し焚き火の小枝でも集めてくるわと勇者に言い残してその場を去った。
勇者の成長ぶりに感嘆したのは本当。
臆病だった当初に比べてずいぶんたくましくなったと感じるのも本当。
意外とアツいやつで、正直嫌いじゃない。いや、もはやこのまま放っておけないくらいには自分のテリトリーに入れてしまっている自覚はある。
ずるずる付き合いすぎたせいか。一人とこんなに長い付き合いになったのは師匠以外では初めてかもしれない。
実はまだ、勇者とは護衛の契約は続いている。一度解約を申し出たがその時は断られた。さすがにそろそろ潮時かと思う。もうオレはすっかり勇者に情が移ってしまっている。
このまま勇者と別れて、どこぞの知らぬ場所で死んでしまうなんてことがあったら心にグッときそうだ。
「あーあ。人生ほんとわかんねぇわ」
決心を固めたオレは両手に山のように枝を抱えて勇者のもとへと戻った。