流れの剣士が勇者と出会った話
結果から言えば、王国から一番近い村には勇者はいなかった。
その村唯一の宿屋で聞いてみると、そんな人は見なかったという。
こっちはハズレだったか、もうひとつの村のほうだろうか。
村中に目端を利かせながら、依頼のあった荷物を目的地へ届けた。
もうひとつの村に行くついでに、その村に関する依頼がないか村長や宿屋の主人に尋ねることとしよう。手ぶらで向かうより何か用事を受けた方が小銭稼ぎにもなるしな、と。そう都合良くはいかず、残念ながら今は用事がないようで断られたが、別の依頼を頼まれた。
王国側の村の外れにある小さな森で、吠えるような呻き声が聞こえてきて気味が悪いから見てきてくれないか、という依頼。
あそこの森には小さい魔獣がいくつか住み着いているがそれらは比較的大人しいやつらで、仮に襲われても村の自警団でなんとかできるくらいの強さだ。
だが、ここ2日ほどは聞き慣れた魔獣の遠吠えでなく、悲鳴のような慟哭のような声が聞こえてくるという。
物理的に被害はないため今まで様子を見ていたが、ちょうどよくオレが立ち寄ったためよろしく頼むとのこと。
ここの村ともいくらか関わりもあったし村長とは顔なじみだ。オレがそこそこ腕が立つのも知ってるわけで。まぁ見てくるくらいならいいっかと、お駄賃代わりに今日の宿とメシを約束させて森へ足を伸ばした。
魔獣は何度か出現してきたがこのあたりのはオレの敵じゃない。軽くいなして奥へ進んだ。
舗装されてはいないものの何度となく踏みしめられて道のようになっているそこを、それなりに道なりに進んでいくと、目的のそれはいた。
そこにいたのは獣でもなんでもなく、一人の男。なんか薄汚れてる。
慎重に気配も足音も消して近づいていたオレだが、その人影を確認してあえて大きく足音をたてて近づいた。
不用意だって言われるかもしれないが問題ないと踏んだ。だってそれが目的の人物だと思ったから。
外的特徴、つけている装飾品が噂で聞いた勇者のそれと同じだったから。
「―――っと」
近づくオレに対して、勇者(暫定)はさっと立ち上がり中腰となってオレを睨み付けてきた。ブン!と剣を大きく振り、オレを近づけないよう威嚇してくる。残念ながら別にこわくはない。
オレからしてみれば隙も多く見られるしいくらでもやりようはあったけど、別に敵対する意思はない。
両手を挙げて、無害アピールをしておこう。ついでに手もひらひらとさせておく。
「なになにいきなりどした?」
「それはこちらの台詞だ!何者!?」
「立派な肩書きはねぇけど強いて言えば流れの剣士かな。そういうオマエは……噂の勇者だろ」
「そうだけど……なんで知ってるんだ」
「ちょっとした有名人だしね、オマエ。とりあえず剣はしまわねぇ?」
おうおう気が立っちゃってまぁ。
オレが危害を加えないと分かってもらえたみたいで、眉を潜めながらも勇者は鞘に剣を収める。
「……有名なんだ……俺……」
「伝説の勇者サマだしな、まぁイロイロ。なんか、出鼻くじかれたんだって?」
「あ……うん……まぁ……」
「大変だったな」
「…………うん」
潜めた眉を更に深めて、顔をしかめたかと思えば俯いてしまい、表情が見えなくなった。
背が俺より低いから、なおのこと見えない。
目が潤んでたなんて、オレからは見えない見えない。
ぽんぽんと勇者の肩を軽く叩いて、テキトーに近くの木の太めの根っこに座る。
「とりあえずどっか座れば?」
持ち歩いている道具袋から、昨日仕入れたナッツの詰め合わせを取り出して1、2個口へ放り込んだ。塩で軽く炒られててちょっとしたおやつにちょうどいいんだよな。塩っ気が強めでうまい。
勇者はオレの様子を見てて、オレに倣うように近くの木の根に腰を落とした。
なんだ。ずいぶん素直なやつなんだな。
横目で様子を見やりながら、自分の武器の手入れでもするかって腰の剣を取り出す。いやまぁ昨日鍛冶屋で見てもらってるし大してすることもないけど手持ち無沙汰だし仕方ない。
別段話を振ってやるつもりもないし、テキトーにいじくり回してこれからどうすっかなぁなんて考えてると向こうから話しかけてきた。
オレが何者か、とか。何しにここにきたか、とか。なんかイロイロ聞いてきた。
隠すようなことはないから答えるが、物見遊山的にオマエの顔を見に来たってのはさすがに伏せておく。
聞いて気分のいい理由じゃないだろうし。そのくらいは分別つくつもりだし。
それらを聞いて、今度は勇者がポツポツとこれまでのことを話してきた。相変わらずオレは剣を無駄にいじくりながらフーンなんて聞き流す。
王城で召喚され気づいたらこの世界にいたこと。
王様から仲間を斡旋されたこと。
平地に出たところを例の幹部らしき人型の魔族に見つかり仲間を目の前で殺されたこと。
自分は命からがら生き延びたが再び旅立てと命令を受けたこと。
「そんで?また見つかるかもしれねぇからって森の奥に身を隠して、最低限しか村とかには寄らないようにするつもりだって?」
「その……だって、目の前で人があんな簡単に死んで……俺、あんなの、知らなくて……」
思い出したのか、身をガタガタと震えさせてる。
なんでも、もとの住んでた世界ではいたく平和でケンカもろくにしなかったんだと。魔獣とか剣とかそういうのがない世界。襲われたり無惨に殺されてるなんて滅多に起こらない平和な世界。そりゃー結構な話だな。こことは全然違う、ユメみたいな世界だ。
それが一転して戦いが当たり前の世界だ。死が身近に転がってるとまでは言わないが、初手でいきなりとびきりの場面に遭遇したなら同情もする。大変だったなぁって。所詮ヒトゴトだけど。
「なんにしろ戦い慣れてないってことだろ?そんなやつが野宿で休むなんてムリだろ」
現に疲れがとれてる様子はない。顔は青白いしクマもできてる。
聞くところによると襲われたときの夢を見て魘されて起きるっていうし、それが村で聞いた謎の呻き声の正体だろうな。
そりゃあ俺だって野営するときはいつだって不測の事態に備えて気は張ってるから、完全には休めてねぇがまぁどうとでもなる。慣れてるしな。
「それぞれの村とか町とかある程度の集落には魔物除けが施されてるから、やっぱり村で休むほうがいいと思うぜ」
村から受けた謎の呻き声の正体が分かったし、当初の目的の勇者の顔も拝んだ。
なんとなく勇者の事情も聞いてしまったが。
「そんじゃ、オレ行くわ」
よっ、と。立ち上がっていじくり回していた剣を腰に下げる。
道具袋から食べかけのナッツだけ手に取って、残りの道具を勇者に投げ渡した。勿論カネ以外。
「え?えっ?」
「それ、餞別ってことで」
条件反射的にオレから道具袋を受け取って、勇者も立ち上がる。
そこまで素直にオレに倣わなくてもいいってのに。
「い、行っちゃうんですか!?」
「言ったろ?村から言われて謎の正体確かめに来ただけだって」
勇者に背を向けて村へ戻ることとする。さほどややこしくない森だし、迷わず村へ戻れるだろ。
すると背後でガシャンと物が落ちる音がして、オレのあとを追う足音が続く。もちろんこの足音は勇者しかいない。
マントの裾を掴まれたようで、前へ進む足が止まる。
「あの!あなたって護衛もしてるんですよね!?」
「そうだけど?」
「オレがあなたを雇います!少しの間でいいです!俺と旅してくれませんか!」
振り返る。オレの足を止めたのはやはりマントを掴まれたせいみたいだ。
そのマントを握ったまま離さず必死な形相でオレを見上げる。
「……フーン。今フリーだし手は空いてるけど……オレは高いぜ?」
「王様からの支度金で多少金ならあります!だから……!」
ちらっと勇者の背後が見えた。さっきのガシャンはやっぱりオレが渡した餞別の落ちた音だ。目の端でオレの使い込まれた道具袋が見える。
それを取りに戻る。肩に背負い、ニッと笑ってやった。
「いいだろう勇者サマ、契約成立だ。よろしくな」
オレは流れの剣士だった。
荷物の運搬から護衛、討伐なんてものもやってきたが。
人生どう転ぶかわかんねぇな。
これからは勇者サマのお守りってね。