10 婚約の申し込み(2)
「リリー、起きろ」
ハスタが体を揺すっても、リリーは目を覚まさない。
「この子、とても熱が高いわ」
母がリリーの頬に触れる。
「僕が運ぶ。母上、扉を開けてください」
「分かったわ」
ハスタはリリーを抱き上げ、家に入っていく。そのままリリーの部屋に運び込む。
モリーとメリーが「お嬢様」と声を揃えた。
「熱を出している。寝かせるようにしてくれ」
「畏まりました」
ベッドの掛布を捲り、靴を脱がせると、ベッドに寝かせた。
「お着替えをいたします」
「頼む」
ハスタはリリーの部屋から出て行った。
「医者を呼んでくれ」
父が声を上げると、使用人が「お迎えに上がります」と答えて、駆けていった。別の使用人が買い物をした洋服を運び込んでいる。
「私は様子を見てくるわ」
母は、階段を駆け上がって、リリーの部屋に入っていく。
「奥様、リリーお嬢様、40℃の熱があります」
「まあ、リリー大丈夫?」
ネグリジェを着たリリーの部屋は、寒くもなく暑くもない。適温にされている。
「氷をお持ちします」
メリーが部屋から出て行った。
「薄着をされていたから・・・・・・。あちらでは春の洋服をお召しになっていました」
「昨日もドレスのままで空を飛んで帰って来たから・・・・・・。戻ったとき、とても冷たい体をしていたわ」
メリーは氷枕を持ってきて、リリーの頭の下に置いた。モリーは固く絞ったタオルをリリーの額に載せる。
「すぐに医師が来ます。少しお願いしますね」
「はい」
母は一端部屋から出て、リリーのために買った洋服を使用人に運ばせる。
家の中が急にバタバタしだした。ビエントはソファーから立ち上がり、そうして、もう一度座る。招かれた部屋で、主が来るのを待つのが正しい作法だ。
「何かあったのか?」
思うことはリリーの事ばかりだ。
ビエントは何度もソファーから立ち上がり、座る動作を繰り返していた。
「肺の音があまり良くないですね。高熱も出ていますので、あまり良い状態ではありませんが、今は様子を見るより仕方がありません。お薬を取りに来てください」
「ありがとうございます」
父がリリーの手を握る。
「リリー、早く治って、元気な笑顔を見せてくれ」
「可哀想に。ショックなことあったからな」
「どうして真冬に、春の服など着せられていたのだ?虐待か?」
「父上、声は落としてください。リリーは眠っています」
「分かっておる」
「モリーとメリー、リリーから目を離さないようにお願いしますね」
「畏まりました、奥様」
「さあ、リリーを寝かせてあげましょう」
「父上も、さあ」
ハスタはいつまでも手を握っている父に、声をかけた。
「病気などしたことのない子なのに・・・・・・」
父は娘の手を布団の中に入れると、3人で部屋から出た。
階段を降りると、執事がやって来た。
「お客様がお見えになっております。かれこれ6時間ほどお待ちになっております」
「なんと6時間もか?」
「アストラべー王国のビエント様でございます」
「なんだと」
父は額に青筋を浮かべている。
「あなた、ビエント様がリリーを傷つけたわけではありません。ビエント様のお母様とお父様です」
「わかっておる」
「お茶を出してください。今日はリリーが熱を出したから、途中でお店に入らなかったので」
「畏まりました」
「さあ、お父様、お母様、行きますよ」
ハスタは先に応接室に向かった。いつも家族で寛いでいる部屋ではなく、お客をもてなす部屋の方に。