9 婚約の申し込み(1)
ビエントはゆっくり朝食を摂って、訪問にちょうどいい時間に出かけた。着替えの入った大きなスーツケースとリリーが好物にしていたお店のチョコレートを持った。ビエントが飛んでもリリーの家まで30分ほどで飛べる。上空は冷える。ビエントはコートと手袋をしているが、昨日のリリーはドレス一枚で飛んで帰っていった。寒かっただろう。
洋服を買ってやりたかった。未練は山ほどある。
リリーに会えるだろうか?会わせてもらえるだろうか?
家の前で呼び鈴を鳴らすと、執事が出てきた。
「ビエント・アネモス・アストラべーと申します。リリー様にお目にかかりたく伺いました」
「ただいま、買い物に出ております」
「待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「では、こちらへ」
リリーの家には初めて入った。外観を見ると立派な建物をしている。敷地も広いのだろう。小さめのお城のような建物だ。内装は温かみのある木造で作られ、広いフロアーはダンスパーティーを開けるようになっているようだ。壁紙はベースが白色でゴールドの飾りが描かれている。大きな花瓶に生けられている花は品が良く美しい。案内された部屋は応接間のようだ。部屋に花が飾られ、微かにいい香りがする。
「いつ戻られるかわかりませんが、よろしいですか?」
「はい」
「今日はお嬢様の洋服や宝石箱を買いに行くと言っておりましたので。夜には戻られると思いますが、なにぶんご家族で出かけておりますので」
「いつも家族で出かけられるのですか?」
「はい。兄のハスタ様が留守の時以外は、家族で出かけられますね」
「仲がよろしいのですね?」
「それはもう。どこに行くのもご家族で出かけられます」
そう言えば、宮殿にやって来たときも、仲が良く、リリーの服を選ぶときも皆で選んでいた事を思い出した。
「それではご用があれば、鈴を鳴らしてください」
テーブルに鈴を置かれ、執事は部屋から出て行った。
家族に包まれていたリリーが、一人で食事を食べるのは、さぞかし寂しかっただろう。寄宿舎の中では、仲間がたくさんいたから、寂しさは紛らわせたかもしれないが、宮殿は冷たく、寂し場所だと思われも仕方がない。
母はシオンに甘く、溺愛していたが、長男のビエントには厳しく幼い頃から家庭教師を付けて、勉強に剣術、魔術、帝王学と休む間もなく家庭教師が付きっきりだった。
だからビエント自身も一人でいることに慣れていた。慣れていたから、気付いてやれなかったのだろう。孤独も寂しさも・・・・・・。二人で作るなら、温かい家庭がいい。テーブルばかりが広い家ではなく手が届くような優しさのある家庭がいい。
ビエントはリリーの家を見て、色々考えていた。
リリーはアコラサード伯爵家が贔屓にしている洋服店に来ていた。暖かいコートを並べられて、リリーは白いコートを選んだ。靴は白い靴と黒色のブーツを選んだ。
「このワンピースが似合うんじゃないかしら?」
母がリリーに暖かそうな白色のワンピースを持ってきた。上がニットでスカートの部分がふんわりとしてお上品だ。
「可愛いわね」
「これもどうだ?」
父が明るいピンクのワンピースを持ってきた。
厚地の生地に襟元とスカートの裾に刺繍がされている。
「これも可愛いわね」
兄が白と赤のチェックのワンピースを持ってきた。ブラウンのベストが付いている。
「赤いアクセサリーに似合いそう」
「赤いアクセサリーを付けてくれば良かったのに」
「・・・・・・そうね」
「気に入らない物はないな?」
「ないわ。靴下と下着も欲しいわ」
サイズを測られたので、すぐに出てくる。
下着は母と選んだ。
兄が白色の手袋を持ってきた。
「コートは着て帰ります」
「畏まりました」
寂しかった心が満たされてくるけれど、まだ寂しい。
「次は宝石店に寄ってみるか?」
「宝石箱、一番大きいのが二つ・・・・・・」
「そんなにあるのか?」
「・・・・・・ええ、すごくたくさんあるの」
「帰ったらお父さんに見せてくれるか?」
「・・・・・・いいわよ」
馬車に乗り宝石店に入り宝石箱を見せてもらう。王宮にあったような大きな宝石箱は売ってなくて、特注になった。宝石箱の色から中の生地の色合いまで選んで、頼んできた。
「リリー、少し疲れたのしから体温が高いわね」
「熱があるのか?」
「薄着でいたからだろう」
「今日は帰りましょうか?」
リリーは頷いた。
確かに体が怠く重い。
毒蜘蛛に刺された後のような、苦しさもある。
リリーは目を閉じた。




