6 リリー
アトミスの家に国王陛下から、急なダンスパーティーの誘いが来た。
今、リリーは帰省しているはずだ。こんな時期にパーティーが行われるなんて初めてだ。
リリーには連絡はしてあるのだろうか?
侍女も連れて帰っているので、長期帰省のはずだ。婚約者のビエント様が迎えに行っていればいいのだけれど。
20分で帰れるようになったと聞いたから大丈夫だろう。
アトミスはクローゼットを開けて、ドレスを選ぶ。
リリーは白が好きだから、被らないように他の色を選ぼう。リリーの顔を思い浮かべると、青い瞳が特徴的だ。曇りのない透き通った青は、アトミスの憧れの色だ。アトミスは青い色のドレスを出して、鏡の前であてがう。ずいぶん昔に作ったドレスだが、アトミスのお気に入りの一つだ。
「このドレスにします」
「畏まりました」
アトミスの侍女がそのドレスに合う靴や髪留めを出していく。
「お嬢様、お肌のお手入れからして参りますね」
侍女がアトミスの顔に暖かいタオルをかぶせた。
「寒い時期なので、暖かい上着もいりますね」
そういえば、リリーはコートを買わなかった。さすがに実家に戻ったなら、コートくらい買ってもらっただろう。
実家で安らげていたらいいと、アトミスはリリーを想う。
アトミスは年下のリリーを、今は妹のようだとは思ってはいない。同年代と変わらない友人より深い、親友だと思っている。
今回のパーティーで、ビエント様とリリーがダンスを踊るところを見てみたい。寂しそうに笛を握っている姿を寄宿舎の部屋の中で何度も見たことがある。リリーはビエント様の事が好きなのだろう。最初に空から落ちてきたときも、ビエント様に会いに行く途中だったと言っていた。幼かったが、真剣にビエント様を想っていた。
仲良く二人で空を飛ぶ姿を見て、アトミスは羨ましかった。
家族でパーティー会場に出かけて、アトミスはリリーの姿を探した。
きっと白いドレスを着てくるだろう。
パーティーが始まってもリリーの姿は見えない・・・・・・。
リリーはビエント様の側近のアトムスから電話をもらった。
『急なパーティーが開かれます。どうか戻って来てください』
電話が来たのはお昼だった。お昼も食べずに、リリーは一人でアストラべー王国に戻った。モリーとメリーを連れていくことも考えたが、時間が遅くなる。
突然のパーティーは何のパーティーだろう。
ビエント様は、予定をリリーに教えてくれていた。騎士団が解散になって帰ってきた頃から突然いろんな仕事が入って、本当は休みなはずなのに仕事に出て行った。
せっかく寄宿舎から帰って来たのに、放っておかれて寂しかった。
着る服もなく部屋が異常に寒かったのも不快だった。食事は一人で食べさせられて、誰とも話すこともなく、何を食べても美味しくはなかった。まだ寄宿舎にいた頃の方が楽しかった。
退屈で孤独で、モリーとメリーがいても埋められないほど、寂しかった。だから実家に帰った。
国王様も王妃様も歓迎していないようだったし。魔物退治をしてきたのだから、褒めてもらえると思っていたのに。何のために命をかけて戦ってきたんだろうと思うほど落胆した。アトミスの婚約破棄はできたから、目的は果たされたけれど、リリーの心は晴れなかった。
アストラべー王国の王都に入って、王宮を見る。
「・・・・・・でも、なんで側近からの電話だったんだろう?ビエント様なら迎えに来てくれると思っていたのに・・・・・・」
王都に入ってからは、ゆっくり飛んで行く。
この町並みは綺麗だから好きだ。
王宮の自分の部屋を見ると窓は開いていた。
するりと中に入ると、部屋の中は冷え切っていた。
「寒い」
リリーは震えながら、クローゼットを開けた。
ビエント様に作っていただいたドレスは、まだ一度も着たことがない。だから、それを着て、ビエント様に見ていただきたい。
バイオレットの生地にレースが細かく飾られたドレスは美しかった。薄化粧をして、紅を差し、髪を梳かし、最低限のお洒落をして、早足で1階の広間に入っていった。
目の前に青いドレスが見えた。不吉な色。不吉な青いドレス。
「アトミス嬢、第一王子のビエントの婚約者になりませんか?」
「ビエント様にはリリー様がいます」
アトミスが答えていた。
「リリー嬢は家出しましたので」
王妃様が言った。
国王陛下は王妃様の横に黙って立っていた。
「やはり第一王子の妃はアストラべー王国の伯爵家から選ぶべきだと相談しました。アトミス嬢は騎士団に身を寄せ、命をかけて戦ってきました。この国の英雄です。息子の嫁にぴったりではありませんか」
「リリーも命をかけて戦ってきました。この国の国民ではないのに、民が危険だからと、公園で毒蜘蛛に襲われている民を助け、民の命を必死で守ろうとしていました。国境の魔物の森でも、毒蜘蛛の毒に倒れたことがあるにもかかわらず、その恐怖と戦いながら、ラスボスの毒蜘蛛を倒したのはリリーでした。北の魔物の森では、リリーがいなければ、全滅していたかもしれません。彼女は賢く、努力家で、頭の回転も早く、戦いのセンスもあり、私たちは助けられました。英雄というならば、私よりリリーの方が英雄です」
「・・・・・・アトミス」
不吉な色のドレスを着ていたのはアトミスだった。アトミスは、王妃様に言い返してくれた。必死に守ってくれる。
「アトミス・・・・・・」
リリーはアトミスに抱きついた。涙が溢れた。
青は不吉な色ではなくなった。
「リリー、良かったわ。探していたのよ」
リリーは頷いた。
「とても体が冷えているわ。コートを着てこなかったの?」
リリーは頷いた。
「リリー」
ビエントが駆けてきて、リリーを抱きしめる。
「ビエント様、私はアストラべー王国の国民ではないので、婚約破棄してください。王妃様が駄目だというなら、駄目なのでしょう」
リリーはずっと付けていた笛のネックレスを外し、ビエントに返した。
「さようなら、荷物を纏めて帰ります。二度とアストラべー王国には来ません」
ビエントから離れると、リリーはアトミスに頭を下げた。
「庇ってくれてありがとう。2年間必死で戦った意味は、誰にも分かってもらえないと思っていたけど、アトミスの心に残っていた。・・・・・・お幸せに」
身を翻して、そのまま飛んで自室に戻った。
部屋の真ん中で全身に魔力を溜めて、部屋の持ち物を鞄に詰めていく。
リリーの髪は凄まじい魔力で膨らみ、全身が輝いて見える。
「リリー、待ってくれ」
扉の中に、ビエントが入ってきた。
宝石箱がひとりでにパタンと開き、宝石が一つ一つに命があるように、自分で袋に入っていき、鞄の中に入った。
「出て行かないでくれ」
「・・・・・・ここは寂しいの。・・・・・・この部屋と同じで寒いの。きっと嫌われているからよ。・・・・・・シーンと静まりかえったダイニングで、一人で食べるご飯もいつも美味しくない・・・・・・。誰も褒めてくれない・・・・・・。もういいの、・・・・・・ビエント様はアトミスと結婚すればいいわ・・・・・・」
「私が寂しい思いはさせない。食事も必ず一緒に食べよう。誰が何を言っても、リリーを守る。リリーはアストラべー王国では英雄だ。国民の誰もが知っている白銀の戦士なんだよ」
「・・・・・・知らないわよ、そんなこと・・・・・・」
すべての物に命があるように、トルソーから杖フォルダーが取れて、リリーの体に装着されてリリー専用の杖やロットがはまっていく。自然に鞄が閉じて、ベッドシーツの上に浮かんできて載ると、流れるようにドレスも鞄の上に畳まれ、載っていく、金庫もシーツの上に載り、杖やロットもベッドの上に載っていく。
リリーの持ち物がすべてベッドのシーツの上に載せられた。リリーの澄んだ青い瞳は輝き、白銀の涙が流れている。
魔力の強さに、ビエントは目の前で起きていることが信じられなかった。
見とれていては、リリーは行ってしまうと気付くのに時間がかかった。
「リリー、待ってくれ」
抱きつこうとしても、触れられないマント着用しているので、触れることができない。
「婚約破棄などしたくない」
開け放れたた扉の向こうから、国王と王妃がリリーの魔力の強さと美しいマントや冠に見とれていた。
リリーは浮き上がり、シーツが荷物を包むように畳まれていく。
「大好きだった王子様、さようなら」
「リリー」
リリーは鍵がかけられた窓を魔術で開けると、そのまま飛んで行ってしまった。リリーの後からシーツにくるまれた荷物が付いていく。
ビエントは窓枠に掴まって、飛んで行くリリーを見ている。やっと気に入ってくれたドレスを身につけ、ゆっくり空を飛んでいる。それでもそんなに遠くまでは見えない。まだ明るい日射しの中で、光がリリーの姿を消してしまう。




