8 謝罪
国王から正式に婚約破棄の書状と白いドレスが贈られた。
ミーネが着ていたドレスとはデザインが違うが、レースをふんだんに使われたドレスだった。 そのドレスを着る気になれなくて、衣装部屋に片付けた。
「リリー、アルミュール殿下がお見えだ」
部屋がノックされて、兄が顔を出した。
「いないとおっしゃって。婚約破棄したのだから、もはや何の用もないはずよ、せいぜいミーネとダンスをしていればよろしいのに」
「そう言わずに出てやったら?」
「嫌です」
「陛下が父に謝罪していた。知恵が遅れた子の婚約者にして申し訳なかったと。聡明なリリーを我が子の介護にしたかったのだと頭を下げられておられた」
「やっぱりそうだったのね。嘘をついたって、一緒にいればわかるわ」
公爵令嬢のリリーは、王立学校に入ったが、家庭教師に習っていたので、学校に通わなくても勉強はできる。
「私、学校も辞めるわ。アルのために入ったけど、いる意味ないし。やりたいことがあるの」
「やりたい事って、なんだよ?」
兄が扉に凭れて、聞いてくる。
「内緒」
「父上を怒らすなよ」
「知らないわよ。変な婚約者を押しつけられた私の身にもなってよ」
リリーはまだ怒っている。
怒っているけれど、アルミュールが悪いわけではない。アルミュールはきっと病気なだけだ。リリーより優しい婚約者が現れて、アルミュールを優しく包み着込んでくれる人がいればアルミュールは幸せになれる。
この婚約破棄は互いのためだ。
青いドレスは、ワインとのシミと踏まれた傷で着られなくなって破棄された。新しいドレスはまだ買ってもらっていない。
ご機嫌はなかなか良くならない。
「リリー、ダンスを踊ろう」
玄関から使用人が殿下を連れてきた。
「お断りします」
「僕が全部悪かったのだ」
「どなたにそう言えと言われたの?」
リリーはアルミュールに優しく尋ねた。
「父上だぞ」
兄が吹き出した。
「バカ正直に言わなくていいんだって」
兄がアルミュールの肩を叩く。
「嘘はついたら駄目だぞ」
「そうだな。嘘はいけない。でも、人も傷つけてはいけないんだよ」
「僕は誰一人傷つけていないんだぞ」
アルミュールは一応考え考えながら話している。未だに正解にはたどり着けていない迷い子だが。
「アルはリリーを傷つけた。だからリリーが怒ったんだよ」
「リリーは怒ったのか、何で?」
「怒っているわ。もうここには来ないで」
「どうして?何故来ちゃダメなのか分からないんだぞ?」
「もう婚約者じゃなくなったからなのよ」
「どうして?婚約って何だったっけ?」
「アル、リリーは怒っているから、こっちにおいで」
「ハスタ、わかったのだ」
アルミュールは兄に連れられて、部屋から出て行った。 残念な殿下は保父の兄に任せました。