8 不眠
アトミスを先にお風呂に入れて、リリーは杖を片付け、金貨を旅行鞄の中にしまった。
アクセサリーを外して、汗を水洗いするとタオルで拭い、引き出しの上に置いた。
ブーツを脱ぎ、靴下も脱いでしまう。疲れた足が疼いている。部屋の真ん中に両手を広げて横になると、そのまま1メートルほど浮かぶ。
床に横になっていたら、100%寝落ちるだろう。
浴室からは音がしない。きっと色々ショックを受けて湯船で考え事をしているのだろう。
アトミスには悩みが多すぎる。
人格不明のシオン王子は、人前で猫を被るし、平気でアトミスを傷つける。
どうしたら婚約破棄できるのだろう。
リリーは一度、婚約破棄を国王に直訴して受け入れてもらったが、性格の穏やかなアトミスにそんな無謀な真似はできないだろう。国王次第で伯爵家の位を落とされてしまう恐れもある。
リリーは自分が婚約破棄されたときより成長し、いろいろ考える事ができるようになった。リリーの家は国王の計らいで、父は議員の委員長になり以前より給料も増えて、伯爵家としての位も上がった。
すべて国王陛下次第だ。
アストラべー王国の国王と王妃が、どんな方なのか、またリリーは知らない。
リリーの前では優しくしているが、アトミスの話では、この婚約はシオン王子のための愛のない婚約だ。そんな仕打ちを平気でできる人ならば、心はオープンにはできない。大切な部分には鍵をかけて、見せないようにしないと不安だ。
シオン王子はリリーの婚約式にも欠席し、リリーの事はチビと罵るくせに、人前ではきちんと挨拶もできる。一体何枚舌を持ち、どれだけたくさんの仮面を持っているのだろう。
それにしても遅い・・・・・・。お風呂で眠ってしまったのだろうか?
心配になって、床に降りると、お風呂の扉をノックする。
「アトミス、寝ているの?お風呂で眠ったら危ないわよ」
「・・・・・・ごめんなさい。すぐに出るわ」
アトミスが湯船から出た音がして、リリーは部屋に戻る。脱衣所のカーテンを閉めて、リリーはお風呂の準備をする。白色のネグリジェと下着を持ち、アトミスが出てくるのを待つ。
「リリー、遅くなってごめんなさい」
「いいのよ。お風呂で眠ると溺れてしまうわ」
「・・・・・・そうね」
「先に寝ていてくださいな」
脱衣所が開くと、リリーは脱衣所入ってカーテンを閉める。この部屋で洗うものと、寄宿舎の係員が洗ってくれる物を区別して服を脱ぐと、お風呂に入った。
今日も薔薇の香りのするピンクのお湯だった。
確かに、こんな気分のいいお風呂なら何時間でも入っていたいだろう。
リリーは髪や体を洗うと、ピンクのお湯に入った。暖かくて気持ち良く、眠りかけて急いでお風呂を洗い、お風呂から出た。タオルで髪を拭き、体も拭うと手を翳し、微風で髪を乾かす。
濡れたままより乾かした方が気持ち良く眠れる。アトミスを起こさないように、クローゼットを開けて、顔にクリームを塗る。肌がしっとりして、気持ちがいい。
身体を浮かばせたままベッドに入ろうとしたら、アトミスが起き上がった。
「リリー、こちらよ」
「うわぁ!もう眠ったのかと思いましたわ」
「私、不眠症なの。リリーがいないと眠れないの」
リリーはアトミスのベッドに入った。
アトミスがリリーを抱きしめてきて、やっとアトミスは目を閉じた。
リリーはすぐ眠ってしまった。アトミスは目を開けて、リリーの白銀の髪を撫でる。
「眠れないのよ」
リリーを抱きしめて、アトミスは目を閉じる。リリーの温かさを胸に抱いて、やっと眠り落ちた。




