11 宮殿のデートのつもりが・・・
アトミスの家の前に馬車が止まった。降りてきたのは、お洒落をしたビエントだった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、リリー」
アトミスはリリーを門のところまで送って、「おはようございます」と殿下に頭を下げる。
「おはよう。アトミス嬢、リリーをありがとう」
「いいえ、リリーと一緒のベッドで眠るとよく眠れるのですわ」
「それは羨ましい」
アトミスは微笑んだ。
今日のリリーはピンクのお洒落なワンピースに白いカーディガンを着て、赤いバックを斜めかけしている。靴はずっと同じ白い靴を履いている。リリーなりの遠慮なのだろう。
「今日は馬車なのですか?」
「どうぞ、お姫様、乗れるかな?」
「乗れますわ」
リリーが馬車に乗ると、ビエントも乗り込んで来た。リリーの横にビエントは座った。リリーはアトミスに手を振る。
扉が閉められ、馬車が出発した。
「さすがに宮殿に入るのに、飛んで入ると、どんなお転婆な姫だと思われてしまうだろう?」
「私は昔からお転婆ですわ」
「今日はおとなしくしていられるかな?」
「どうでしょうか?」
リリーはクスクス笑う。
「宮殿の中を案内するつもりだ」
「お城の中ですか?フラーグルムの王宮はよく遊びに行っていたので、知っていますが、初めてでドキドキしますね」
「リリーはフラーグルム王国の宮殿に出入りしていたのか?」
「はい。幼い頃に婚約していた王子とよく遊んでいたので、兄と一緒に訪ねていましたわ」
「・・・・・・婚約?」
「私が国王様と王妃様に婚約破棄をお願いしたのです。王子は私だけを想ってはくれなかったし、私より頭が悪く尊敬できる人ではなかったので。この先、フラーグルム王国にいても私の人生は明るくはないと諦めていました。なにか自立できる力が欲しいと思っていた矢先に、ビエント様と出会い、魔法を教わったのです。魔法を極めようと練習に励みました」
「国王に婚約破棄をお願いする気の強さは、なんというか勇気がいっただろう」
「私の人生がかかっておりましたから・・・・・・」
ビエントは声を上げて笑う。
「私との婚約は破棄をしないでくれよ」
「ビエント様は尊敬できますし、お慕いしております」
「安心したよ」
「ビエント様はお幾つですか?」
「18歳だ。誕生日がきたら19歳になる」
「5つ違うのですね。私がまだ子供で申し訳ございません」
「お誕生日を教えていただけますか?」
ビエントは内緒話をするように、耳元で教えてくれた。
お誕生日にはプレゼントをしよう。
馬車が宮殿に入っていくと、宮殿の入り口に慌ただしく人が出入りしている。
「何かあったのだろうか?議員が集まっているな」
「今日は宮殿の探索は、止めておきましょう」
馬車の外からノックされて、扉が開かれた。
「殿下、緊急会議が行われます。至急、会議室にお願いします」
「ビエント様、行っていらしてください。私は飛べますので」
「リリーは明日、帰ってしまうのに」
「またお目にかかれます」
二人で馬車から降りて、リリーはビエントに頭を下げた。
「アトミスさんとショッピングに出かけてきます」
「すまないな」
「いいえ」
「殿下。急いでください」
ビエントは宮殿の中へと入っていった。
難しい顔をした人たちが宮殿の中へと入っていく。
リリーは宮殿の門の外に出ると、美しい宮殿を見つめて離れていく。人が居ないのを確認して、リリーは浮かび上がっていく。高い位置から、国を一望する。美しい街並みを一望して反対を向いた。
「海がある」
そちらに向かおうとして、人が大勢居る場所が見えて、リリーはなんとなく近づいた。
「・・・・・・あっ」
人が魔物に襲われていた。
銃を構えた人たちが、魔物に向けて射撃していた。
魔獣は大きな毒蜘蛛だ。リリーを傷つけて、麻痺させ動けなくなった。あのまま放置されたら死んでいたかもしれない。そんな恐ろしい魔物がどうしてこんな街にいるのだろう。
リリーは飛ぶ速度を上げて、向かい。
「下がってください。攻撃します」と大声を出した。
銃を持っていった人たちが気付いた。離れていくのを見てから攻撃した。
「テンペスト・ライトニング・ウインド、ウインドウシュートス」
毒蜘蛛の息の根を止めて、リリーは怪我人の元に向かった。
「どうもありがとう」
「いいえ、そよりも、怪我人を・・・・・・」
「もう助からないだろう」
「私が毒蜘蛛を持ち上げるので、引っ張り出してください。毒蜘蛛に触れないように気をつけてください」
「できるのかい?」
「はい」
リリーは鞄を後ろに回して、両手に気を溜める。
毒蜘蛛を上に上げるように、イメージして動かしていく。1メートルほど持ち上げた。
「急げ」
数人の男が怪我人を引っ張り、毒蜘蛛から離れたところで、リリーは毒蜘蛛を降ろした。
ベチャッと嫌な音がして、粘液が飛んだ。
「おい、大丈夫か?」
仲間達が声をかけて、傷を負った男を揺すっている。
リリーは怪我人の顔を見て、息をしているのか確かめた。
呼吸は止まりかけていた。
「毒蜘蛛なんです。ポーションはありませんよね?」
「ないな」
「光の魔術師のところに連れていき浄化しないと死んでしまいます。どなたか魔術師を知りませんか?」
「知らない」
「・・・・・・お姉様なら」
リリーは怪我人の手を握ると、体を持ち上げて飛んだ。猛スピードで・・・・・・。アトミスの家の前の道路に着陸すると、怪我人を寝かせたまま、「お姉様」と玄関を開けて叫んだ。
「リリー、デートはどうしたの?」
「お姉様のお力が必要なんです」
アトミスの手を握り、外へと連れて行く。家の中から従者も出てくる。
「毒蜘蛛に刺されておりました」
「わかったわ」
アトミスは倒れた男性の元に急いだ。
「プリエール」
虹色の光が倒れた男の体を照らす。
呼吸が止まっていた男が息をし始める。土色をしていた顔色から少しずつ血色が戻ってきた。
「プリエール」
アトミスの中にある魔術師の力が目覚める。
「どこで拾ってきたのです?」
「空を飛んでいたら、土蜘蛛が見えて、近づいていったら、銃で撃たれていましたが、大きな土蜘蛛は銃などでは倒せません」
「また助けてきたのね」
「放っておけません」
「プリエール」
また虹色の光が男を包みこむ。
男が動き出した。
「怪我をしていませんか?」
アトミスは質問する。
「腕を刺されたようだ」
「呼吸はどうですか?」
「もう息ができる。苦しくはない」
「傷を見せていてくださいな」
男は上着を脱ぎ、傷を晒した。
男は傷口をアトミスに見せる。
「傷を塞ぎます。少し温かく感じますが、大丈夫ですので、じっとしてくださいまし」
「分かりました」
「では、サルパシオン」
アトミスが傷に手を翳すと傷が消えていく。
「もう大丈夫ですわよ」
「ありがとうございます」
「お姉様、ありがとうございます。光の魔術師はお姉様しか思いつかなくて」
「命の恩人でございます」
男はアトミスに頭を下げている」
「私は治療しただけよ。お節介なそこのお嬢様が毒蜘蛛を倒して、あなたを救出して私のところに連れてきたんだわ」
「ありがとうございます。お嬢様」
男はリリーにも頭を下げた。
「私が毒蜘蛛に刺されたときは、この後、発熱しました。家に帰りお休みください」
「ここはどこだろう?」
「アルテイスト公爵家の前ですわ」
「お家はどちらですか?よかったら送りましょうか」
「リリー、あなたデートはどうしたの?」
「緊急会議が始まるとかで、ビエント様は宮殿に戻られました」
「あらまあ。せっかくのお休みなのに」
「お姉様はこの後なにか用事がありますか?」
「・・・・・・ないわ」
「それなら、このお方をお送りしたら、遊んでくださいまし」
「いいですわよ」
リリーは微笑んだ。
「では、立てますか?」
「送るって?」
「空を飛びますので、家を教えてくださいな。暴れないでくださいね。落としてしまいますから」
立ち上がった男の手握ると、リリーは男と一緒に飛び上がった。
「わぁわぁっ!」
「騒がないで、鞄になったつもりでおとなしくなさってくださいね」
「鞄か、わかった」
男がおとなしくなったので、リリーは一気に上空まで上がる。
「家はどの辺りでしょうか?」
「北にある教会の近くだ」
「飛んで行くので、教えてください」
ゆっくり飛んで行く。
「お嬢さん、すごい力を持っているんだな?」
「魔物の森の騎士団で戦士をしていますわ」
「こんな綺麗なお嬢ちゃんが戦っているのか?」
「騎士団に男も女もありませんので・・・・・・」
「偉いな」
「・・・・・・いいえ」
褒められて、なんだかこそばゆい。
「あ、ここだ」
「おりますね」
ゆっくり降りて、地面に足が付いた。
「お嬢さん、少し待ってくれ」
男は家に戻ると、オレンジを二つ持ってきた。
「こんな物しかないが、ありがとう」
「いいえ、お礼には及びません。オレンジは熱が上がった時に召し上がってください」
「そうかい?」
「この後、発熱があるので、お大事になさってください」
リリーは頭を下げて、その場から飛び上がった。高く上空まで上がると、アトミスの家の前に降り立った。
「早かったわね」
「北の教会の近くでした」
「手を洗ってらっしゃい」
「はい、お姉様」
アトミスは庭に立って待っていてくれた。
家に入り洗面所で手を綺麗に洗う。
「本当に、リリーは見捨てると言う言葉を知らないようね」
「だって、死んでしまいますよ?」
「まあ、そうだけれども・・・・・・」
「毒蜘蛛の毒の苦しさは、私も体験しているので、一刻を争いますわ」
三度、綺麗に手を洗うと、アトミスはタオルを渡した。
「私が出かけていたらどうしたの?」
「今日の予定を聞いていませんでしたので、いると思いましたの」
「予定ができたわ。リリー、今日はどこに行きましょうか?」
「楽しい場所に連れて行ってくださいな」
「リリーは、まだこの街が珍しいのね」
「はい。とても新鮮ですわ」
「洋服は汚れていないわね」
「お借りした服を、汚したりしません」
リリーは念のため洋服を見る。
「汚れてないわ」
アトミスが笑った。
「さあ、行きましょう」
アトミスに連れられて、街へと歩いて行く。
「アハトとワポルとフィジにお土産を買っていこうかしら?」
「あの子達は休暇をどう過ごすと言っていたの?」
「寝ていたいと言っていました」
「実家に帰るには、馬車に乗らなくてはいけないから、簡単には帰れないけれど」
「魔物の森の馬車賃は高いのですよね?」
「命がけですからね」
「みんなが飛べたらいいのですけど」
「練習してみたけれど、少しも浮かなくってよ」
「そんなに簡単じゃありません。私は一日中、毎日練習していましたから」
「子供の集中力は、凄まじいですわね」
「子供ですけど、子供ってあまり言わないでくださいまし。ビエント様と年齢が離れていて、焦っているのですから・・・・・・」
「焦っているの?」
「・・・・・・はい。どんなに背伸びをしても、やはり子供ですもの」
アトミスがリリーの髪を撫でる。
「私も焦っているわ、私は逆ね。どんなに頑張っても、年下になれません」
二人は小物店に入って、話している。
アトミスは珍しくはないが、リリーは何を見ても珍しいのか夢中で見ている。
ゆっくりお店を見て回ると、リリーが「お腹が空きました」と言う。
「それなら、少し豪華なランチをしましょうか?」
「はい、大賛成です!」
嬉しそうな笑顔は、やはり幼い。
アトミスはリリーを連れて、街一番のホテルのランチに連れていった。
「おいしいです」と、とろけそうな顔を見せるリリーは、やはり素直な優しいお嬢様だ。




