第弐怪 ヤンキーな天邪鬼くん
私の担当教師は国語、道徳なのだとか。
なぜこの二つなのかって?一応私は高校生だったわけで、まともに教科書を見ながら教えられそうなのが国語のみだったのだ。
数学は自分がただ苦手で
社会は人間界ではなく地獄の地形であり
理科は解剖が無理で
英語は妖怪同士では使わないのでそもそもない
五教科は消去法でこうなったのだ。
副教科はというと、
家庭科は何故か気持ち悪い具材を使わされ
音楽は勝手にピアノが動くので気絶してしまい
体育は身体能力に追いつけないということで
美術も音楽と似たような経験をした
ということで、ごく普通の道徳という名の自習を担当することになりました。
「・・・じ、じゃあ教科書の五ページを開いてください」
昨日予習してきた、ちゃんと。バッチリ。台本も作ってきたし、これ自体に解説も載っているから安心だ。
そして、私も五ページを開いた瞬間の事だった。
「〜!?!?」
「せんせー、声出てないけどどしたの?」
開いた瞬間に女の人の怖い画像が妖力によって飛び出してきたのだ。
危ない、一瞬ガチで死ぬかと思った・・・
月猫は教科書を机に置いて、胸に手を当てて深呼吸をしていた。
そのとき、席から笑い声が響いた。
「先生引っかかってやんのー!」
「ちょ、天邪鬼!?あんた妖力使ってビビらせたの!?」
「あ?当たり前だろ」
そこに座るのは天邪鬼くんである。自分たちは十六歳であり、十九歳の女子が先生なのに不満を持っているようだった。
しかし、月猫はまだ恐怖心が抜けてないのか涙目のまま震える声で続ける。
「このページの詩はかの有名な・・・谷川俊太郎さんの詩で題名は生きるです、では、誰かに読んでもらいましょうか」
一見文字だけで見れば普通に冷静である、が、現実では視線に耐えきれずに顔色が真っ青で震えながら話しているのである。
生徒たちはそんな月猫を見て心の中でちょっと同情していた。
そしてこの微妙な空気で当てられるのは誰なのか、自分ではありませんようにと思う者もおり、全員がハラハラしていた。
「じゃあ、煙子さん、お願い・・・します」
「えぇ〜。じゃあ読むよー?」
『えんえんら』煙子。彼女はゆったりとした口調で谷川俊太郎さんの生きるを読み出した。
一応の使命ということで、黒板に書かない場合は寝る人防止のために歩き回れ、と酒呑童子に脅されていたので、月猫は教科書を持って歩き出す。
「ーー、かたつむりははうということ、人は愛するということ、あなたの手のぬくみ、いのちということ・・・でおーけーよね?」
「はい、完璧です。では、この詩の感想を・・・」
そのときだった。
一歩を踏み出そうとした月猫の足を遮るように横に伸びる足が現れ、月猫は思いっきり顔からスライディングしてしまっていた。
その瞬間は一瞬で、全員が・・・と静まっていた。
「ちょ、先生大丈夫!?」
「え、あ、はい・・・大丈夫・・・ですよ」
「鼻血・・・じゃない!?床じゃない何かの木の板が頭に刺さってる!ちょ、保健室!」
先生は人間。自分たちよりも弱い存在だと心得ていたクラスメイト達は慌てていると、やけに目立つような笑い声が聞こえた。
「無様だなせんせー!」
「天邪鬼!!あんた、いい加減にしなよ!?」
「あ?お前らだって人間嫌ってんじゃねぇの?こいつは人間だぜ?しかも俺らの天敵の陰陽師。殺しちまえばいいじゃねぇか」
「なんだと!?流石にやりすぎだぞ天邪鬼!」
ここまで怒ってくれる人は居なかった月猫は、血と涙で歪む目を擦りながら立ち上がる。
フラフラとしているため、女子たちがアワアワとしながら支えていた。
「ごめんなさい、天邪鬼くん・・・足、痛かったですか?」
「・・・は?」
「え?」
「え?・・・あ、自分その・・・最近太っちゃって・・・自分に蹴られたから、天邪鬼くん痛いかなって思って・・・」
まさか他人を心配してるのかこの死にかけ教師は。
全員が固まった瞬間だった。
すると、天邪鬼が少し高めの身長の月猫の胸ぐらを掴んでいた。
その職員シャツは血で真っ赤だった。
「あ、本当に痛かったですか・・・?すみませ、」
「てめぇは自分の心配しねぇのかよ!!重傷なんだぜ!?犯人を心配とか頭狂ってんじゃねぇのか!?」
すると、月猫は少し微笑んでいた。その時の月猫は妖怪恐怖症の震えが止まっていた。
そして、ゆっくりと首元の近くにある手首に手を添えていた。
誰もが何かいい事を話すのかと緊張している。
「・・・天邪、鬼くん」
「・・・あ?」
「首が、しまって・・・・・・死」
思ったんと違う!!
満場一致でツッコミそうになるクラスメイトだった。
しかし、血塗れで酸欠状態の人間などもう危篤患者にふさわしい状態である。
騒ぎに気づいたのか、扉が勢いよく開かれ、そこには酒呑童子先生が居た。
「お前らなんの騒ぎ、だ・・・うぉぉ!?なにやってんの!?死にかけじゃねぇか!てめぇか天邪鬼!!」
「・・・」
「まぁそれよりも学級委員どっちかついてこい!」
「は、はい!」
女子学級委員『犬神』戌亥さんである。
彼女は横抱きで死にかけの月猫を運ぶ酒呑童子の後ろをついて行くとこになった。
「・・・おい、天邪鬼。お前さすがにやりすぎだろ」
「あ?あんな人間いるべきじゃねぇだろここに。当たり前なことをしてやっただけだっつーの」
「さすがに酷い。今までの先生とは違うかもしれないってお前は予想しないのか」
天邪鬼対クラスメイト。
いつの間にかそんな関係が築かれていた。
クラスメイトは、先生は天敵かもしれないがあの臆病さは逆に心を掴まれた感じがするということで好いているのだ。
「お前ら狂ってんじゃねぇの?」
「おかしいのはお前だ」
一方、保健室にて緊急治療を受けた月猫。
「妖術って便利ですね」
「お前に月読尊様の血が流れるから助かったんだ。・・・犯人は天邪鬼の野郎だ」
保健室に寝転がる月猫の隣には酒呑童子と戌亥さんが座っていた。
「え!?先生、あの月読尊の血があるの!?」
「なんだ、知らなかったのか。こいつは陰陽師と神様のハーフだ。人間要素なんて馬鹿と恐怖症と面倒を引き寄せる体質くらいだ」
「・・・なぜ、天邪鬼くんは突っかかってくるんだろう」
すると、戌亥さんが気まずそうに口を開いた。
「・・・天邪鬼は、人間が嫌いなんです」
「え?」
「なぜなら、ーー」
戌亥さんが要約したものだが、天邪鬼が人間嫌いなのを話していた。
月猫はその話を聞いて涙と鼻水を流していた。
「うぉ!?なんだその顔!?」
「・・・うう、そんな・・・悲しいことが・・・」
「んで、天邪鬼の対処はどうするつもりだ」
「・・・え?対処、ですか?」
「お前を預かる際、学園長に気付いていた月読尊様が仰られたそうだ。『妾の愛娘を連れていくからにはなにか起きればその存在は消させてもらおう』だそう」
つまり、月猫に手を出せば月読尊自身がその存在を消しに来るとのこと。
つまり、天邪鬼の存在は月猫の判断にかかっている事だ。
「ひぃぃ!月猫先生やめて!天邪鬼は根はいい奴なんだよ!消さないで!」
「・・・??え?わ、私は消しませんよ。・・・それに、天邪鬼くんは根はいい人だって私も思いました」
「え?」
「あのとき、胸ぐらを掴まれた時、傷に響かないように地面に足が着くぐらいにしてくれたんですよ。それに、自分が犯人だということは自覚してた。いい事だよね」
月猫は笑みを浮かべながら泣き喚く戌亥さんにそう告げた。
戌亥さんは笑顔をうかべ、酒呑童子はその優しさにため息をついていた。
「・・・そういえば怖がらねぇよな」
「へ?」
「ここ妖怪だらけなのによ」
酒呑童子がそのムードをぶち壊すような発言をした。
現実に引き戻った月猫は顔色を真っ青にして泡を吹いていた。
「先生!!多分月猫先生はムードに流されてたから大丈夫だったんだよ!何引き戻してんの!?」
「うぉ!てめ、生徒のくせに言うようになったじゃねぇか!」
「保健室では静かになさい!」
「で、月猫先生は帰りまで保健室に寝込むことになった・・・と」
「国語以外は普通にあるけど、天邪鬼。あんたは保健室に行きなさいって」
「は?んでだよ」
戌亥さんは、早速教室に戻って事情を話していた。
「先生、人間だけどやばい人親に持ってるよ」
「え?戌亥誰情報?」
「酒呑童子先生」
妖怪の世界では嘘の情報が回ることが多いが、変なところ真面目な酒呑童子先生は生徒たちからは情報に関しては信頼されていた。
「え、親陰陽師じゃないの?」
「それがね・・・父はあの安倍晴明で、母がなんとびっくり、月読尊様なんだって」
そのとき、全員が驚きすぎて顔色を真っ青にしていた。特に天邪鬼が、だ。
そこらの妖怪からすれば月読尊はまさに天の上の存在であり、夜の神であるために余計に恐れ多い存在であった。
「しかも過保護ときた。天邪鬼、あんたの命運は月猫先生にかかってんのよー」
「命運?なんでだ?」
「過保護な月読尊様は自分の愛娘に手を出すのなら直接消しに来る、って学園長に言ったらしいよ」
その発言に、天邪鬼は泡を吹いていた。
全員が天邪鬼に哀れみの視線を向けている。
「・・・くそ!」
「いってらっしゃーい」
天邪鬼は月猫先生の眠る保健室にダッシュで向かっていた。
全員は先程怒っていたものの、天邪鬼の過去を知っているために生きてて欲しいと心の中で心配していた。