1 奇跡とは偶然である、二人の出会いも偶然である
ボロボロの廃墟
この石造りの建物はあちこち穴抜けし、一部の壁や屋根が崩れており、朽ちてからもかなり時間が経っているようで、崩れた瓦礫の隙間から花や雑草が生えているのが見て取れる。
俺、始道 唯一は家で就寝した後、目が覚めたらこの場所にいた。
俺が今居る部屋は、どうやら寝室だったものらしく、内装や家具もかなりボロボロで、よく原型を止めているなと思うほど色あせている。
そして崩れた壁から見える景色はたくさんの木々、完全に森である。
呆然である
「ここどこだよ」
思わずそう呟いてしまうが、返事は風で草木が揺れる音だけ。
はぁ…急になんでこんなことになったのか分からないけど、とりあえず現状把握ぐらいはしておこう。
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私が森を彷徨っているとようやく森の魔物に出会えた。
ゴブリン、学び舎で習った事のある魔物だ。
邪族と分類される魔物の一種で、この森の生息する魔物では最も数が多く、1体だけなら大人が適当な道具でも持っていれば1人でも問題なく倒せるらしい。
ただし、数も多く纏まって動くことが多い為、出会ったら3~5体は居る。
実際私の目の前に居るゴブリンも4体
ゴブリンだけでなく、邪族と分類される魔物は人を繁殖の為の相手として使い、最終的には食料にしてしまうらしい。
出来ればすぐに殺してくれるオオカミとかが良かったけれど…、どのみち死ぬのなら私には関係ない。遅かれ早かれ死ねる。そしたらお母さんにも会える。
最初はギャアギャア騒いでいたゴブリンも、私が無抵抗であると知り、私を囲んで森の奥へと進み始めた。
きっと巣に連れて行くのだろう。
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この廃墟を調べたが特に目星い情報は何も無かった、本棚はあったけど肝心の本はなく、机の引出しに1冊あった本は日記と書かれており、取ろうと触ったらボロボロと一部が崩れてしまった為、そのまま放置。
幸いなのが玄関口の棚に革靴があった程度だろうか。
色あせては居るが水に触れることが無かったのか、カビが生えてる様子もなく問題なく履くことが出来た。
とりあえず、これで外に出歩いても素足で嫌な思いをしなくて済む。
後やるべき事としてはここがどこなのかって事と、食べ物かな…。
何をするにしても空腹だときついし、ここには食べれるものなんて何も無かったからな。
とりあえず、ここなら雨風は最低限凌げれるし、ここを拠点と仮定して、外を出て周囲の探索かな。
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私が連れて来られたゴブリンの住処は森の中にあり、木の葉や枝を使って簡易的に寝床などを作って出来た場所だった。
連れてこられた私を見たゴブリン達はギャアギャアと喚いて五月蝿い。
でもわざわざ食事や交尾を止めてまで、私の方に寄って見てくるのは何故だろう…
その後、ホブゴブリンと思われる大人サイズのゴブリンが寄ってきて、私を抱き上げると比較的綺麗な布の上に座らされた。
このホブゴブリンの相手をさせられるのかな…、出来ればすぐに食料として食べてくれる方が嬉しいけど。
……。
座らされて何分もたったけど酷い目に合う様子が全然ない、それどころかちょくちょくゴブリンがやってきては木の実や肉を置いていったり、花を置いていったり、さっきのホブゴブリンなんかは器用にも華冠を作って。私の頭に乗せてきた。
なんか…、先生が授業で話していたゴブリンの話とは全然違う。
抵抗がなくなるまで痛めつけて、抵抗が無くなったら性行為の相手をさせられ、最後には骨の髄まで食べ尽くされる。
この話を初めて聞いたあの時はゾクッっとする怖さがあったけど今はそんなものない。
どのみち近いうちに死ぬのなら、今はなんだっていい。
でもこの扱いは何…?
実際、人と交尾しているゴブリンもここに入ってくる時に居たし、人の頭蓋骨も飾り付けに使われている。
なんで私にはすぐに手を出さないの…?
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森を迷子にならない程度に歩いた感じ、幸いにも食べ物は豊富のようだ。
木の実がなっている木がいくつもあったり、野草も種類が多い。
野草は分からないけど、木の実は小鳥が食べていたので、毒の心配はなさそうだ。
とりあえず、飢えはなんとかなるとして、問題はこれからどうするか。
というか、この木の実達、味は問題ないけど、こんな木の実、日本にあったっけ?。
動物とか植物とか、そういうモノの細かい種類まで記憶している訳じゃないから、何とも言えないけどね。
とりあえず、野生に生きていくにはまだ早い段階だろうから、もう少し周辺探索だな。
こんな見知らぬ森の中、案内もまともな装備も無しに人里を目指すとか自殺行為でしかない。
もう少し周辺の確認をしてからでも遅くない。
というか、そのついでに人でも村でも見つかればいいのだけど。
山なら見渡して分かるけどここらは起伏がそんなに無いから無理だし、むしろ山だったらそれはそれで危ないか。
ここで2、3日しても進捗なさそうなら、北に見える山脈に少し登ってこの森の外側が見えるか確認するしかないかな。
せめて川が見つかれば下って行く手があるのだけど。
そんな事を考えながら探索を再開した。
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ぐぅぅぅぅぅ...
私のお腹が鳴った。
朝、何も食べてない上、お母さんが死んでからはまともな食事なんてしたことが無い。
森の木々や葉が日陰を作っている為、分かりにくかったけど、もうお昼を過ぎている。
いつになったらゴブリン達は私を手に掛けてくれるのだろう…。
もしかして、貧相な食事のせいで痩せこけている私だからすぐには手を付けず、こうやって食べ物を置いて肥えさせようと?
さっきから物を置いていくゴブリン達やずっと近くに居るホブゴブリンが顔を覗き込んだりしている。
そういう理由なら食べないと殺して食べて貰えないよね。
それから私は、目の前に出されていた食べ物を口に運び、ゴブリン達に食べごろと判断してもらえる様に一心不乱に出された物を食べた。
中には花や明らかに人の肉と思わしきモノなんかもあったけどそんなのは関係ない。
とにかく胃に詰め込んだ。
そして、全部食べ終わった頃にはもう日が傾き始めていた。
外に出ていたゴブリン達が戻ってきたのだろう。最初見た時と比べると数も増え、ホブゴブリンも5体に増えていた。
そんな彼らを見ていると、ホブゴブリンの1体を3体のホブゴブリンが押さえつけ、斧を持ったホブゴブリンが殺害し始めた。
突然のことで訳がわからなかった。
殺されている筈のホブゴブリンは抵抗をしている様子はなく、次第に激痛で悶える様子もなくなる。
そんな同族の死体の内蔵に手を突っ込み、何かを探るような動きの後引きずり出したのは心臓。
あまりの光景に目を見開いて見ていると、その心臓を噛みちぎり、中から手のひらに乗るサイズの何かを取り出した。
私には、その何かが魔力を帯びている事が分かり、すぐにアレが魔物の核である魔石だと察する。
その魔石を今度は私の前に、さっきまでの食べ物同様、目の前に置いたのだ。
困惑している私にこの場に居るゴブリン、ホブゴブリン全部の視線が注がれる。
体が自然と震えていた。
その震えを押し殺し、魔石をゆっくりと口の中に入れる。
その様子にゴブリン達の視線がより一層強くなる。
…硬い
噛もうにも硬すぎて無理。
でもこのまま吐いてしまう訳にもいかないだろうし、飴菓子みたいに溶けてる様子もない。
私は覚悟を決めてそれを飲み込むと、その様子を見ていたゴブリンやホブゴブリン達が嬉しそうに騒ぎ出した。
その後は、すぐにホブゴブリンに抱きかかえられ、ホブゴブリン2体とゴブリン数体とで、森の奥へ連れていかれた。
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夕暮れになったので木の実を回収した後に廃墟へと戻っていると森で人影を見つけた。
ようやく誰か居た!っと思ったのだが。
何あれ? 遠目で分かりにくいがよく見ると、肌が人の肌色じゃないし、子供サイズのそれは人の造形から少し離れている。
もしかして、いやもしかしなくともゴブリンって奴じゃないか?
じゃあ大きいのはホブゴブリン?
待って、ここホントで何処なの?地球じゃない説濃厚?
それに、なんでホブゴブリンが人間の少女を大事そうに抱っこしてるの?
花冠まで乗せちゃって、ゴブリンのお姫様なの?
でもそのお姫様、どう見ても普通の人にしか見えないんですけど…。
そんな事を考えながら遠くでバレないように並走して追跡しているとふと気が付く。
このルート、真っ直ぐ廃墟に向かってる。
もしかしてゴブリン達の住処だったの?
その割に生活感皆無だったけど…。
ゴブリン達が廃墟に到着すると廃墟の中へと入り小さい方のゴブリン達が持ってた布で簡易的な寝床を作った後、大人サイズのゴブリンが少女に人差し指を立てて見せ、それ以上は何もしないで少女を置いて帰っていってしまった。
そんな様子を廃墟の崩れた壁の影から覗き見ていた俺はゴブリン達が何処かへ行ったのを見届けてから、再度少女の様子を見る。
彼女は何をするでも無く虚ろな表情のまま寝床に横になっている。
あの人差し指を立てたのは1日ここで過ごせって意味だったのか?
過ごしてその後は?明日迎えに来たとしてどうなる?
近くで見ても人にしか見えない、しかもかなりやつれている。手首や足首当たりが完全に皮と骨だ。
よくは分からないけど、俺としては人にようやく出会えたんだ、ゴブリン達が何をしたくて彼女をここに連れてきたのか分からないけど、俺としては人里までの案内人が手に入るかもしれないのだ。
だから俺がやるべき事は…
「君、こんなところで何をしているのかな?」
部屋に入ってきた俺を見て少女は虚ろながらもこちらの存在に少し同様した。
ゆっくりと体を起こす彼女に合わせ、こちらは視点の高さが近くなるようにしゃがむ。
「あなたが、私を殺してくれる人ですか?」
…は?
殺してくれる人?え、この子、自殺願望者?
「えっと、なんで死にたいと思ってるの?」
少し困惑しながらもそう聞き返すと、
その問に少し戸惑いながらも事情を話し始めた。
「私、村のみんなに気味悪がられてて。でも、お母さんだけは私に優しかったの、でも私を庇うお母さんも村の人にまともに相手にしてもらえなくって、お金も稼げなくて、生きていくのがやっとで、でも私はお母さんが傍にいたから大丈夫だった。私が約束守れなかったせいで村に居場所亡くなったのに、ずっと優しいままでいてくれたから…。だから、これからも一緒に頑張っていければ大丈夫だって思ってた。…でも」
「でも?」
「でも、お母さん死んじゃって、私一人になって、辛くって寂しくって、お母さんにまた会いたい、だから…」
「だから、死にたいの?」
「…うん」
少女は途中から涙を流し、声が震えながらも最後まで話してくれた。
「…君、名前は?」
「名前?」
「そう名前、ちなみに俺はユイイチ。」
「わ、私はリアーナ」
「そう、リアーナか。
リアーナ、お母さんが亡くなって辛いかも知れない、寂しいかも知れない。でも死のうとしちゃダメ、リアーナにはお母さんしか居なかったかも知れない、でも死んで会おうだなんて…。それで会いに来た君を見てお母さんが喜ぶと思う?笑顔で向かい入れてくれると思う?」
「そ、そんなのわかんないよ、でも私が生きてても…」
そう叫ぶとまた涙が溢れ出した。
「大切な人が死んで悲しむのは残された人も先に逝ってしまった人も同じ。もしリアーナがお母さんに笑顔で居てほしいと思うなら一生懸命生きて、幸せにならなきゃ、じゃないとお母さんも嬉しくないと思うよ」
「お母さんが悲しむ…?」
「うん、大好きなお母さんが悲しい顔をするのは見たくないでしょ?」
「うん…わかった。…私、死なない。お母さんが笑顔で居てくれる様に、頑張って幸せになる」
「うん、頑張れ」
そう言って少女の頭を優しく撫でる。
彼女の瞳は最初見た様な物ではなく、心の宿った瞳に代わっていた。
「ところでお兄ちゃんはなんでここに来たの?私を殺しに来たんじゃないよね?」
「あーその事で助けて欲しいのだけど」
そのの言葉に対してリアーナは首を傾げる。
「お兄ちゃんな、この森から人里に出たいんだ、でもどっちに行けばいいか分からないんだ。」
「お兄ちゃん迷子なの?」
「そうなんだ、お兄ちゃん迷子なんだ」
「それなら簡単だよ、この森を出るなら南に行けばいいの、そうすれば森を出れるし街道にも出れるの」
「南って事は向こうの山とは真逆の方向か。ありがとねリアーナ。ところで、リアーナはこれからどうするつもり?」
「えっと…」
「さっき聞いた話しだと村に戻っても行く宛ない感じだよね?」
「うん…」
「もし行く宛がないのなら、俺と一緒に行かないか?」
「お兄ちゃんと?」
「うん、俺も行く宛がないから大変だろうけど、このまま村に戻るぐらいなら、俺と一緒に村の外に出るのも良いんじゃないか?孤児院に入るにしても村の人が居ない別の町の方がいいだろうし……」
日が完全に落ち、まぶしい夕日が無くなって初めて気がついた。
リアーナの瞳が淡い光を帯び、彼女の暗めの赤い色の瞳が綺麗に輝いている事に
俺の驚いた様子で気がついたのか、両手で目を隠しながらしゃがみ込んだ。
…少し、震えている
「もしかしてリアーナが気味悪がられていた理由ってその目か…?」
「ご、ごめんなさい」
「別に謝る必要はない、ただちょっと驚いただけだ。その目何か特別なのか?」
「…前に、お母さんが、コレは魔眼だって、言ってた」
「魔眼……」
「ご、ごめんなさい。隠してたつもりじゃ無かったの。だから嫌いにならないで…」
「大丈夫、別に嫌いになったりしないさ、それより魔眼って事は魔力が見えるって事だよな?凄い事じゃないか、寧ろ誇りに思っていいんだぞ」
「え、こ、怖くない?」
「怖くないよ」
「不気味じゃない?」
「寧ろちょっとカッコイイ、それにリアーナの瞳の色合いも合わさって赤く綺麗な瞳になってるよ」
「え、ぁ…、き、きれい?」
「うん、それに魔眼を持ってるって事は潜在的にずば抜けた魔法の才能があるって事だ」
「魔法…使えるようになるの?」
「勿論、なんなら俺が教えてやってもいい」
「お兄ちゃん魔法使えるの?」
「あぁ、ちょっと待ってな」
目を瞑って集中する。
今まで最低限に抑えられていた内の部分に手を加え、力を引き出す。
その直後、内から大量の魔力が溢れ出る。
「わぁ、お兄ちゃん凄い、ぼんやり光って見える」
見えるって事は肉体から魔力が漏れ出てるって事だ。
魔力が溢れる穴の幅を狭めて小さくする。
「これで光っては見えないか?」
「うん、でもさっきの綺麗だったよ?」
「それはいいから魔法。とりあえず、水でいいか」
ボールサイズの水球を生み出す
「わぁー、私もコレ出来る様になる!?」
「もちろん、水飲むか?」
「うん」
そう言って水球に直接口をつけてゴクゴクと飲む。
俺も飲みたいしかなりの勢いで飲んでるから水が減らないように飲む度に補給
「ハー、ありがとうお兄ちゃん」
「どういたしまして、じゃあ俺も失礼して」
そのまま水を飲み干す。
「さて、さっきの話しに戻ろう、孤児院に入るにしても村に帰るより、他の町とかの方がいいと思うんだ」
「私、お兄ちゃんに付いて行くよ。孤児院には入りたくない」
「でも、俺だって行く宛がないんだ。絶対いい暮らしが出来るとは限らないし、可能なら冒険者ギルドとかに所属するつもりだ」
ここが地球じゃなくゴブリンとかの魔物がいるなら、それを対処する稼業がある筈だ。
そういうのは基本、命懸けだが身入りが確かだったりする。
「私も冒険者になる、魔法をお兄ちゃんから習って戦える様になる!」
「だからと言って…」
「それに、どうせ孤児院に入ってもまた、村の子達みたいに気味悪がって相手してくれなくなるもん…」
「っ……はぁ、わかった。とりあえず、二人で別の町にでも行って、冒険者になる、これでいい?」
「うん!」
そんな約束を立て、俺たちはその後、眠りに付いた。