Ep2 王家と貴族の責任
翌日、朝食もそこそこにリディアーヌは馬車に揺られていた。
昨日の騒ぎのあと騎士たちに送られて家に戻ったリディアーヌを父親である公爵は優しく抱きしめてくれたが、何も聞かれることはなかった。
何が起こったかはある程度までルイス経由で報告があったようだ。
彼女自身も、さすがに肉体的精神的に疲れきっていたこともあって、話す気力ものこっていなかった。
ぐっすり眠って目覚めたらいつもより遅い時間だった。
少し遅い朝食を取っていると、父親であるローラン・ディ・ジュベール公爵がやってきた。
彼はこの国の4大公爵の一人で、司法関係を一手に担っている。
この国では公爵家ごとに担う役割が決まっている。他家で財務、軍事、神殿の担当している。宰相職だけは、定期的に『神殿の選定』で選ばれたものが任にあたることになっている。
公爵から王妃がリディアーヌに会いたい、と連絡が来ていることを告げられた。
私的なことなので離宮のほうへ来てほしい、と託があったそうだ。
「昨日の今日ですまないが、王妃様には会いに行ってほしい」
と、申し訳なさそうに言われ承諾した。
やがて迎えに来たルイス、そして父と共に出かけたものの彼女の心中は複雑だった。
王妃には子供のころからことのほかかわいがられてきた。厳しい妃教育のなかでも愛情深く見守られていたと思う。息子であるシュナウザーよりも大事にされてるかも? と思い困惑したことも一度や二度ではなかった。
離宮についた途端、出迎えた王妃に抱きすくめられた。
「ごめんなさい、つらい思いをさせてしまった……」
「王妃様……もったいないことです。私にも至らない部分が……」
息苦しいほど抱きしめられながら、リディアーヌは数年前まではとても素直で優しかったシュナウザーの事を想った。
「ありがとう、リディ。でも、違うのよ。あの子たちが全面的に悪い。」
さ、なかへ、いざないながら、何度も何度もごめんなさい、とつぶやく王妃に彼女は何とも言えない気持ちになった。
「……と、言うわけです。王妃様、此度の件申し訳ありません。もっと穏便な……」
用意された紅茶を味わいながら、かいつまんで事の次第を説明した。
「リディアーヌ、顔をあげて。あなたはよくやってくれた。さっきも言いましたが、私たちこそあの子たちをいさめることも正す事も出来なくて本当にごめんなさい。つらかったでしょう?」
と、王妃は優しくリディアーヌの頬をなでる。
「勿体ないお言葉です」
「それで、この後どうするつもりですか?私からはこの先のことをお願い出来ることはないけれど、希望があるなら聞いてあげたいの」
少し考えて、リディアーヌは素直な気持ちを王妃に話す事にした。
「私としましては、上位貴族の息女という身。この婚約も大事なお役目として承っておりました。殿下とともにこの国の為に力を尽くす、それだけを考えてきましたので今は何を考えていいのか自分でもわからないのです」
困ったように微笑みながら続ける。
「……ですので私でなにかお力になれることがあるのならば、そのお役目は謹んで御受けしたい、と考えております」
「……いいのよリディ? あなたはまだ16才。遊びたい盛りも勉強付でここまでこさせてしまった。なにかやってみたいこと、興味のあることはないの?」
王妃は優しく彼女の手を取りながら聞いた。
ますますリディアーヌは困った顔になる。
「国の為、民の為、みながもっと幸せになれるように、そういったことは思うのですが、私個人は……」
そして、ふと自嘲気味につぶやいた
「私のこういったところが殿下のお気に召さなかったのかもしれませんわね……」
「……リディ……」ギュッと握る手に力を込め王妃は言った。
「それは違うわ。私たちには生まれながらの責務がある。責務と個人の感情は別にして生きていかなければならない。その最たるものが婚姻よ? 平民の様に気持ちのままに、なんてやっていたら国が潰れてしまう。だから彼らにはその自由を。私たちは彼らの働きによって生かされている代わりに国の民のためになる縁を結ぶの」
「王妃様…」
「昔の様にベラ、と呼んで頂戴。ね?」
いたずらっぽく笑った王妃につられ、リディアーヌにも笑顔がこぼれる。
「わたくしと陛下もそういった信頼関係の元培われて今の絆があるのです。いろいろありましたけどね。それこそ……」
「え? しかしおふたりのお姿はまさに想い想われての理想のご夫婦像で……」
「あの子の言った、運命の恋。最近あちこちで聞かれるけれど、自由に恋愛がしたいのであれば、運命とやらを貫きたいのであればいっそ平民にくだればいいのです。
そんなもの(運命の恋)で国が、民が健やかに飢えることなく生きていける訳がないでしょう?権利は享受したい、でも妃も己の欲のままに生きたい、そんな戯言誰が耳を貸すの?そりゃあね、王族貴族といえど人の子よ?心はある……でもそれって与えられた責務の中に生まれるものもあるの」
言い放った王妃の言葉に続いて声がした。
「わたしと王妃はまさにそれだ、な?」言いながら、パチンとウィンクをするのはこの国の国王陛下だ。
(な……んだかずいぶん、いつもと印象が……)と戸惑うリディアーヌ。
「あなた……」
「わたしは生まれた時から覚悟を持つよう育てられてきた。王者たれと。それを窮屈に思ったこともある。己の価値は血筋のみか? と捻くれたことも考えた。自由、とやらに焦がれ道を誤りかけた、いや、誤ってしまったこともある」
驚いて王妃に目をやると、ヤレヤレという表情で苦笑いをしている。
「親と国の決めた愛のない結婚。可愛げのないと思っていた婚約者。全てが嫌だった……
そんな時、わたしにも現れたのだよ…その、”運命の恋”というやつが…な」
バツが悪そうに笑っている国王に、対応に困ったリディアーヌは反応できなかった。
「今となっては、王位に目がくらんだだけの腹の黒い娘だとわかる。が、あの時は…最愛である、と信じたんだ……
王妃との婚約を破棄し恋い焦がれた令嬢を妃にする! と、高らかに先王へ宣言したよ」
「……え?」
思わず声が出てしまい、しまったと思ったが国王は笑って答えた。
「同じだろう? その時はあきれ果てた先王に、『好きにしろ王位は従兄弟に継がせる』と問答無用で街へ放逐されたよ」
(親子そろって……ってこと? でも、まぁやり方はシュナウザー様の方が稚拙だわ……)
「責務のない己のまま生きる生活。夢に見た生活。それも最初の数日は良かった。だが、わたしは知らなかったんだ。自由には代償がある、ということを。
それまでは当り前の様にあった衣食住。それが与えられるのは当然ではない、ということがまず最初に知ったことだった。あの贅沢ともいえる暮らしはのしかかる責務を果たすことでなりたっていたのだ……と。
いい経験ではあったよ?汗水たらして働いて金を得る。これからなにかを得ようと思ったら、値する金銭を払わねばならず、そのために必要な労働がどれほどなのか痛いほど味わった。
本当に何も知らなかったのだ。若さだなぁ」
国王はどこか懐かしむような目で遠くを見つめる。
「……女に送るドレスや宝石にどれだけの金が必要なのか、それどころか一晩の宿を取るためにいくら必要なのか……すら」国王が言い終え息を吐く。
しばし沈黙が支配したがその沈黙を破ったのも彼自身だった。
「流行り病の様に浮かれて恋をした女は、わたしが放逐された途端、行方がわからなくなった。きれいさっぱり跡形もなく消えたんだよなぁ」
笑えるだろう? とニヤッとしながら言われた。
(全く笑えない!)と困惑するリディアーヌと国王と同じくどこか懐かしい顔をして夫を眺めている王妃。
昼下がりの茶会は和やかな風景とは裏腹にいろいろな感情が渦巻いていた。
今日は夜にもう一話投稿できれば…