病んだ男
なんだ? 違和感がある。
気付いてないのか気付いてるのかが掴めねえ。
おっさんは俺を脅してえ訳じゃないのか?
じゃあ今の話は事実なのか?
「消えたって、そんな馬鹿みたいな話……。」
「あるんだよ! その後も何回も何回も! 何が起きてんのか確かめようと知らねえ名前と住所だけが携帯に出てくる度に行ったんだよ!」
おっさんが突然キレ出した。
何なんだこいつは、癇癪持ちかよ。
「その度に死ぬんだよ俺の目の前で……、いや、俺が殺す事になっちまうんだ。絶対に殺さないように気を付けてもよ、死ぬんだよ。突然飛び込んでくるやつもいれば積み荷が落ちて潰れた奴もいたよ。だからよ、もう近付くのもやめたんだ。」
「その場所に行かないようにしたって事すか?」
「そうだよ、出て来た住所には絶対にいかねー。そしたらどうなったと思う?」
「いや、わかんないすね。」
「しばらくして別の名前が出るようになったんだよ。そいつが殺せねーならこいつを殺せって事だと受け取ったよ俺は。」
「行ったんすか?」
「行くかよ、無視した。警察に言ったって腫れ物に触るような態度で優しく帰らされてよ、まともに取り合っちゃくれねえ、気がふれたやつと思ってんだろうな。
だから仕事が終わったらすぐに家に帰って、家から一歩も出ねー事にした。」
それでいつもすぐに帰ってたのか。
俺のナビと似たような状況なんだが、所々違う事があるな。
「……殺した後って携帯に何も出ないんすか?」
「あ?」
「いや、殺した後になんか出ないすか? 知らない国の名前とか、能力がどうとか。」
「何言ってんだおまえ? おまえも俺がキチガイだって思ってんだろ?」
これは、話すべきなのか、正直このおっさんの話が俺への脅しじゃないとしたら、こんな有力な情報提供者はいないぞ。
どうするか。
まだ現在進行形で起きてるナビの表示も解決してない。
…………一か八か、か。
「その話、なんで俺にしようと思ったんすか?」
おっさんが煙草に火を点ける音が聞こえた。
「俺よ、今日で死のうと思うんだわ。」
「いや、冗談はやめてくださいよ。」
煙を深く吸い込んで、ゆっくり吐き出すおっさん。
「それが冗談じゃねえんだ、最初に殺しちまった高校生が昨日夢に出て来てよ……。」
「なんすかそれ、おまえもこっちに来いよ的なやつすか?」
「いや、すっげー笑顔だったわ、俺よ、あの子の笑顔潰しちまったんだよな……って思ったら生きてるのが申し訳なくてな……。」
「いやいや、死んだ方がマシってくらい虐められてたんでしょ? 元々笑顔なんかないでしょ。」
だったよな?
「ああ、同級生にも先公にも、家に帰っても親から殴られるとか言ってたな。」
「じゃあその子、多分今幸せにやってると思うんすけど。」
おっさんはまたゆっくりと煙草を咥えて深呼吸する。
「おまえ、いいやつだな。あの世で幸せになってんのかな、俺が殺さなけりゃ、もしかしたらこっちでも幸せな未来があったかも知んねーけどな……。」
違う、俺が言いたいのはそうじゃねえ。
「その……、他の奴らからは何も聞いてないんすか?」
「他のって?」
「その子の後ですよ、何人か殺しちゃったんでしょ?」
「ああ、全員じゃねーけど、話をしたやつらは大体どいつも碌な境遇じゃなかったな、中には自分がブサイクだから夜しか外に出たくねーだとか甘えた事言ってるやつもいたけどよ。」
「他に変わった事とかないんすか? いつもと違う事があった日とか。」
「何だよ急にグイグイくんなおまえ、さっきまで全然興味無さそうだったじゃねーか。」
確信した、今しかねえ、話すべきだ。
車が滅多に通らねえ道に入って、路肩に止める。
「何だよ、しょんべんか?」
「俺も同じ状況なんす、社長の娘、昨日轢いたの俺なんすよ。」