会社辞めて異世界送り業するわ
「社長、俺の席は?」
「社長ってのやめてくださいよ。」
「なんでだよ、お前が社長なんだからそう呼ぶだろ普通。」
「じゃあ俺も専務って呼びますよ?」
「うへぁ、尻がむず痒いな。」
無事に退院して、数日経った。俺は今おっさんと、未だ何も置いていない貸し事務所の中にいる。
喫煙所であの日おっさんと話した内容は、俺的にはかなりの衝撃だった。
おっさんは俺と別の道を歩くが、最後だからと色々してくれただけかと思っていた。
でも実際は違って、俺のやろうとしている事に手を貸してくれるつもりだった。
「専務の席は専務が決めてくださいよ、俺はあそこにしますから。」
入り口のドアから入って、真っ直ぐ壁までの距離は……、置くとしたら向かい合わせに机二つ分くらいか?
その机の壁側を使おうと思う。
「社長なんだからもっと奥でよ、でかい机置いてもいいんじゃねーか?」
想像してみたけど偉そうで気持ち悪いな、俺には合ってねえ。
「いや、いいんすよここで。んで、向こうの壁にはホワイトボード、そこにコピー機置いて、事務員はそっちに固めて……。」
ざっくり指差して説明すると、途中からおっさんがニヤニヤし出す。
「コピーなんか必要あんのかよ、でも社長の言いたい事はわかっちまったな。」
おっさんはそう言って俺の机を置く予定地から数歩離れた。
相変わらずニヤニヤしながら俺を見て言う。
「俺はここがいいかな。」
「俺と専務しか居ないのにそんなに机離してどうするんすか。」
そう言いながら俺の口も緩んでるのがわかる。
「仕方ねーだろ、社長が来た時から一切変わってねーんだから。」
そう、この配置は運送屋の時の配置そのままだ。
おっさんの横の壁に置いてあるホワイトボードに、運転手全員の名前。
名前の横にその日の現場の名前が書いてあって、ホワイトボードの下の机には事務員が用意した地図のコピーと、現場責任者の名前やら搬入する資材の種類や数やらが書かれた紙が置いてあるんだよな。
「そんでこうだろ?」
おっさんは空気椅子から立ち上がり、ホワイトボードがあった場所の前でペンの蓋を外すジェスチャーをする。
なげーこと働いてたおっさんは、名前も上の方にある。
その位置辺りで【6:00出】と空中に書く振りをした。
「鍵、別の人のとこに掛けないで下さいよ?」
ホワイトボードの横にはトラックの鍵を掛けるボードがあるんだが、おっさんはいつも雑に引っ掛けるので、鍵の管理をしている事務員からしょっちゅう文句を言われていた。
「あのおばばな、マジでうるせーんだよ。わかるからいいだろっつーの。」
下らなくて他愛ない話。
でも心地いい。
「結局、俺達に送りの指示出してるのって何なんすかね?」
国が……、なんて話も前にしたけど、神様とかも居るんじゃねーかなってのは最近思っている。
何しろ俺達に送られて神になったやつもいるんだしな。
この世界が最初の世界だなんて誰にもわからねー、ここはこの世界の誰かの転生先の世界なのかもしんねーな。
でも確かにこの世界はあって、俺達はここに生きてる。
俺が病院で見たあの世界も、どこかはわからねーが存在していて、そこには人が生きてるんだ。
「誰だとかはいつかわかるのかもしれねーし、一生わかんねーのかもな。もしかしたらそんな奴いないのかもしれねー。」
「そうっすね……。」
そんな奴居ない……、か。
そうなのかもな。
「あいつらはどうするんだ?」
多分捕まえてパーキングに連れて行ったあいつの事だろうな。ついでにあいつの話してた他のお仲間。
「どうかするつもりは無いっすよ、普通に犯罪っすからね。」
「本音は?」
「埋めてやりたいっすね。」
「安心した。やっぱおまえを手伝う事に決めて良かったわ。」
物騒な事言っちまったが、実際そんくらいあいつらにはムカついてる。
「まあ信頼できそうなやつ増やしてってよ、とにかくあいつらより先に送ってやるしかないんだよな。」
そうだ、無視してればいいって事じゃない。
俺達が何もしなければ、殺したい人間のとこに辿り着くまであれはこの世から消えないで、誰かのところに送られ続ける。
「今できる事はそれだけっすね……。今後他の方法が見付かれば、少しずつ方向転換していきましょうよ。」
「そうだな……。取り敢えず今後ともよろしく頼む。」
おっさんが握手を求めてきた。
俺は勿論握り返す。
「こっちこそ。じゃあまずは二人だけっすけど、明日から頑張って行きましょう!」
「あんまり張り切る内容じゃねーけどな。」
そう言っておっさんは笑った。
ここから始まる異世界送り業。
世間にそんな業種はねーけど、ここには確かにある。文句あるかよ?




