悪役をやめる悪役
吉田に直接触れた時の事を思い出す。
俺が送った吉田、その生まれ変わりに触ったら途端に言葉が理解できるようになったんだよな。
このやかましい女が誰かの送られた姿って可能性もあるんだろうかね……。
まあよくよく考えてみりゃ吉田も向こうで最初に見た人間だったわけだし、こいつももしかするとって訳だな。
試しに触れてみると、偶然なのか必然なのか知らねえが、言葉が理解できるようになった。
「何でこうなんのよ!? このままじゃ私が牢に入れられる流れが回避できないじゃない! どこで間違ったの? どこよ? 夏祭り? まさかクラヴィス様の部屋でお茶を溢した時……?」
こりゃ難易度高ぇぞ。
話が全く見えねえ。
ペンならあるしとりあえず筆談してみるか……。
〔前世の記憶はあるか?〕
女の前に紙を置くと、女はそれを手に取って固まった。
「……誰よ。」
かすれた声でようやくそう言った後、キョロキョロと辺りを確認してやがる。
〔誰でもいい、地球の記憶はあるか?〕
「ひっ……」
次の紙を重ねてやると顔を青くして座り込んだ。
こいつからしたら突然現れる日本語で書かれた紙、しかも手の中にだからな、まあ普通こえーよな。
〔お前の前世の名前を知りたい〕
そう書いて更に重ねてやると、覚悟を決めたのか女が口を開いた。
「……ぅさか、桜坂成美……。」
マジかよ……、社長の娘じゃねーか。
てことはここは乙女ゲームとやらの世界か、どうりで華やかな筈だ。
〔たしかストーリー改変のう力みたいなのがあったよな?〕
「……ぷっ」
なんだ、急に笑ったぞ。
「あなたが誰か知らないけど、能って字も書けないの? うける。」
うるせーな、馬鹿なんだから大目に見ろやそこは。
〔気にするな、地球の字はむずかしい〕
「そうね、それより改変能力がある筈なのに改変できなくて困ってんのよ、このままじゃ私死ぬわ。」
そうなのか、ゲームの中のストーリーは知ってるって事なんだな。
〔あとどのくらいで死ぬんだ?〕
「そうね、今が2年目だから死ぬのはあと1年半後かしら。でもルート決定は最速なら半年後よ、それまでにどうにか変える必要があるわ。」
よくわからんがそういうゲームなんだろうな。
〔何か手伝えるか?〕
「ていうかあなた何が出来るの?」
〔バレずに見物できる〕
「それだけ?」
〔たぶん〕
「要らないわ、ていうかこれまでも私の着替えとか覗いてたって事なの?」
〔いや、さっき来たばっかりだ〕
「ふーん。まあどっちにしろあなたに何かしてもらう事はないわ、見なくてもあいつらの行動なんて全部頭に入ってるし。」
〔でも変えられてないんだろ?〕
成美は黙り込んでしまった。
現実突き付けちまったかな、半年後に死ぬことが確定ってんじゃつれえよな。
掛ける言葉もねーが、助けてやれることもねーときた。
そう思ってたら成美が紙を捨てて、腰に手を当てて口を開く。
「作戦を変えるわ、どうせなら私も幸せになりたいって最推しを狙ってたんだけど、そんな事も言ってられないわねここまでくると。悪いけどあの子には誰ともくっつかないバッドエンド2に向かって貰う。」
ば、バッドエンド2?
成美の言う事はわけわかんねーことばっかりだな。
まあ思ったより凹んでねーみたいだし良かった。
〔バッドエンドって何だ?〕
「そんな事も知らないの? そのままの意味よ、悪い最後。何種類かあるけど、バッド1で死なれるのは流石に気分悪いから、単に誰とも付き合わないで終わる2に進むように仕向けるわ。」
そういうのがあるのか、主人公にとってのいい最後ってやつは成美が死ぬパターンなんだな。
悪役ってのも大変だなと思うが、ちょっと思った事がある。
出来るのか知らんが聞いてみるか。
〔改変するのう力なんだからゲームの通りに進めなくていいんじゃないのか?〕
「あ……」
やっぱそうだよな?
話聞く限りじゃ成美はゲームの内容に忠実に行こうとしてるよな。
改変ってのはすべてをぶっ壊す力なんじゃないのか?
〔よくわからんが、殺されるような事しなければいいだろ〕
「そうよ! お父様!!」
そう叫ぶと成美は部屋から走って出て行っちまった。
お父様……、俺に取っちゃあいつのお父様は。
成美にも幸せかどうか聞いておかなきゃな、俺の自分勝手でこんな所に送っちまったし。
成美の物だと思うベッドに腰掛け、成美の帰りを待つ。
1時間くらいは経ったか、満足そうな顔で成美が戻ってきた。
と思えば、すぐに服を脱いで着替えを始める。
〔まて! まだいる!〕
慌てて成美に紙を渡すと、成美はそれを見てすぐに捨てた。
「どうでもいい、見たければ見ていいわよ。それよりあなたには感謝しないとね、お父様の横領、今なら止められるかもしれないわ。」
お父様の悪事がばれて一家丸ごと処刑って事か?
中々えぐいゲームだな、まあ文章なら数行であっさり終わっちまうんだろうが。
あっという間に下着だけになった成美は、クローゼットに並ぶ服をあれでもないこれでもないと引っ張り出している。
〔父親は悪人になるかも知れないらしいが、この世界に来て幸せか?〕
最後の質問にするつもりだ、また別の世界に行くならそれでもいい、ここで暮らすんなら見届けるのもいい。
下着の成美の前に紙を差し出す。
成美はそれを見て、溜息をついた。
「馬鹿じゃないの? てっきり私が前世であいつに何されてたのか知ってるんだと思ってた。お父様は最高のお父様よ、あんなゴミと比べないで。」
何やってたんだ社長……。
最後のメッセージのつもりだったが、やっぱり一文書き加える事にした。
〔オレがトラックでおまえをひいた〕
謝りたかっただけなのか、それとも許されたかったのか。
わからねーが、ついそれだけ書いちまった。
「あら、じゃああの時の……? あなたには感謝してるわ、姿が見えるならキスしてあげたいくらいにね。」
複雑な気分だ、内臓ぶちまけた筈なのに、今は俺に感謝してるという。
よほどあの世界が嫌だったのか、今の世界が楽しいのかは知らねーが……。
シンデレラとかで見た事あるダンスパーティーに来ていくような、そんなとにかく高そうな豪華なドレスを着た成美は、どこに向かうか知らないが部屋から出て行く直前、立ち止まって言った。
「幸せか? って聞いてたわよね。勿論幸せよ、あなたに殺されて良かった。」




