気付いたかもしれない
翌日、俺は普通に会社に居た。
あの後、ナビを色々いじったりしてみたが、結局何もわからなかった。
確かに精神状態はおかしかったが、消えたデブの事が夢だったとは思えない。
他の文章は意味不明過ぎてどうでもいいが、吉田慎一郎という表示されていた名前の事が気になって、スマホで検索してみたりしたが、大量にSNSのページが出てくるだけで全くわからない。
なにより、コンビニでトラックのフロントを見ても、人を撥ねた形跡が無い。
結構な衝撃だった筈なのに、凹みどころか傷一つ無い。
それが腑に落ちないので、もう一度あのナビが出るまでは実行するのを延期した。
今日の配送を済ませたが、その間もいつもの『地図ディスクが読み込めません』が表示されているだけで、昨日のあれが出る事はなかった。
そして今日も社長に怒られる。
帰ってくるのが予定より遅いと罵られ、どこでさぼっていたんだと問い詰められる。
さぼってなんかいないと言っても、今度は道の選び方が下手だのなんだの言われて、予算より余計にかかったガソリン代は給料から引くと言いやがった。
もう好きにしろ。
社長の野郎、帰り際に大量の不必要な事務仕事を俺の机に置いて、可愛い可愛いブスの娘と電話しながら、俺に一瞥もくれずに出て行った。
なんでこの会社にまったく関係のない建築資材の価格の比較表なんか作らなけりゃならない。
真面目に作った所でどうせ見やしねえんだ、くだらねえ。
コンビニで弁当でも買って来るか。
表に出て何となくトラックを見ると、運転席の辺りが光ってる気がした。
まさかと思い確認したら、ナビが点いてやがる。
「出やがったな……。」
また、どこかの場所がゴール地点になって案内が始まっていたので、エンジンをかけて、ナビに従いトラックを走らせる。
駅前の繁華街に出たが、気にせずそのままゴールを目指す。
どうもこの辺みたいだな。
人がたくさん歩いていやがるが、ナビの指す道に入ると不思議な事に人っ子一人見当たらない。
いや、一人だけいた。
お嬢様学校の制服を着たやつが一人、トボトボと歩いてるのが確認できる。
「目的地周辺です。」
試しにブレーキを踏んで減速してみる。
「この先、速度制限はありません。」
完全に停車してみる。
「目的地まで徒歩で2分です。」
クリープで進めてみる。
「この先、速度制限はありません。」
やはりか、このナビは俺に殺せと言っているのか。
人を殺そうと思ったから悪魔か死神でも乗り移った、とでもいうつもりかよ。
実にくだらねえ、と思ったが、前を歩く制服の女が振り返った時、俺は自分でも驚くぐらいの勢いでアクセルを踏んでいた。
グシャ
社長の娘だ間違いねえ。
ざまーみやがれ、あの馬鹿の大事なもん、踏みつぶしてやった。
ただ、確認しに行く気にはなれなかった。
グシャって言ったからな、かなり汚ねえ事になってると思う。
あとはこのまま引き摺りながら表通りにでも出れば……。
そんな事を考えていたら、フロントガラスの向こうが光り始める。
これは、昨日見たな。
もしかしてこいつも消えちまうんじゃないだろうな。
ビーーーーーーーーーー
・桜坂 成美(17歳)
・セイレン王国貴族令嬢
・ストーリー改変能力付与
・7歳
出たな、俺は急いで画面をスマホで撮影する。
桜坂成美は間違いねえ、社長の娘だ。
昨日もだったが下は何だよ、そんな国聞いたこともねえぞ。
何故かいなかった通行人がチラホラと現れ始めたので、急いで会社に戻る事にした。
会社でセイレン王国を調べる。
やはりそんな国は無かったが、ひとつ気になるものを見付けた。
【あなたと王子と千年王国】
ゲームソフトのタイトルだ。
ウィキペディアで見ると、どうもプレイヤーが主人公で、セイレン王国というのはその舞台らしい。
主人公は一般の町娘で、イベントで様々なイケメンキャラと出会い、恋に発展させていく事が出来るんだそうだ。
そして、どのキャラとストーリーを進めても結果は同じ、その人は実は王子さまでしたーってやつらしい。
貴族令嬢というワードもあった、いわゆる悪役だ。
同じ相手に恋をし、ありとあらゆる手段で邪魔をしてくるのだが、選択肢を誤る事なく進めると最後には国外へと追放になるんだそうだ。
そして、このゲームの主人公と悪役令嬢は、共に七歳から物語が始まるらしい。
え、まさかこの世界に転生したとかじゃないよな?
ストーリー改変能力ってそれを覆せる力とかいう……。
バカげた仮説だけどしっくりくるな。