英雄の人生
日本語が通じるんでこいつがあのデブなのは間違いなさそうだ。
紙に書けばこいつと話が出来る事もわかった、神様と勘違いされてるけどそれならそれでいいか別に。
〔そうだ、オレがお前をここに送った。〕
「やはり! しかしそれならどうして今まで語り掛けてくれなかったのです!?」
知らねーよそんな事……、ついこの間来たばっかりだわ。
無視しとくか。
〔このせかいの生活はどうだ?〕
「はい、見ておられたでしょうが私は魔王を見事討ち果たし、この国を救う事が出来ました。今は達成感と幸福感に包まれております……。もしや魔王のせいでこれまで干渉する事が出来なかったのですか?」
だから知らねーって、来たらもう魔王とやらを倒してたんだろお前が勝手に。
でもまああれだな、随分充実した生活みたいだな。
流石にこの喋り方がこっちに来る前からだったとは思えねーから、この歳になるまでこっちで暮らした影響なんかな。
確か0歳からだったよなこいつ。
〔今と昔、どっちが幸せだ?〕
俺が一番気になってたのはこれだ、本当に異世界に行って幸せになれてんのか。
俺達がやった事は無意味なんじゃねーか。
その答えが欲しかった。
「そんなもの、聞かなくてもお分かりになるでしょう? もう二度とあんな世界に帰るのは御免です、このアルガスト皇国こそが本当の私の国です。私の人生です!」
お、おうそうか。
そこまで言い切られるとは思ってなかったから、申し訳ねーが少し引いちまったわ……。
どんだけきつい生活してたんだあっちで。
〔そうか、これからもこの世界でがんばってくれ。〕
「勿論です! 魔王を倒した事でデゾルクエストで言うゴールには行き付きましたが、その続きは私が切り開いていくのですね……。神が見せたかったのはこの先の未来……、そういう事なのでしょう?」
いや、違うけどな。
つーかやっぱりこいつはこの世界がおっさんの言ってた【ボードゲームの世界】って自覚はしてんだな、デゾルクエストってーのか。
ゲームの内容は知らねーが、用意されたストーリー通りに進めたって事だよなちゃんと。
〔そうだ、この先も平和が続くかはお前しだいだ、ご安全に。〕
「ご安全に……?」
しまった、癖で現場の挨拶書いちまったわ……。
まあいいか、とにかくデブの兄ちゃんは日本を見限るくらいにゃ満足してんだ。
神様の出番は終わりだな、このままこいつと仲良くなってここに住むのもいいけど、こいつの護った世界ってのを見て回るのも悪くねー。
そう思ってペンを机に戻して、部屋から出ようとドアノブに触ったら…………
一瞬で世界が灰色に変わった。
ビビッて振り返ると、さっきまで話してた元デブの兄ちゃんが固まってやがる。
(え、なんだこれ?)
触ってみたが石みてーにカチカチで訳が分からねー……。
呆然としてたら後ろでドアの開く音がしたから、咄嗟にまた振り返る。
ドアの向こうは灰色じゃねえ。
そんで、この三日で見慣れた廊下でもねえ。
このままここでビビってても仕方ねーから、ドアの向こうに行ってみる事にする。
開いたドアから向こうを見てみると、アルガスト皇国とやらとは雰囲気が全く違う世界があった。
よくわからんがとにかくバカ高そうな敷物に、これまたよくわかんねーけど高級感溢れる家具が並べられた部屋。
俺の全身が部屋に入ると、後ろのドアは跡形もなく消えちまった。
(またどっかに飛ばされた?)
ソファに座ってまじまじと部屋を観察してたら、部屋の外からドタドタと騒がしい音とうるせー声がこっちに近付いてくるのがわかった。
やがてバンッ! とドアが開き、紫色のドリルみてーな髪型の女が勢いよく入って来る。
「’%$&’(&$!~|)’!? ’%$&’$#$$%&’~|)’!!!」
誰かと話してんのかと思ったらくそでけー独り言だったわ。
何だこの女。