吉田 慎一郎
あれから3日経った。
しばらく付いて回ったが、黒鎧の奴はこの国の王子だった。
こいつが生まれ持っての天才で、とにかく何でも出来るスーパーマンらしい。
他に分かった事は、ここはどうも地獄でも地球でもなく、俺の夢でもなさそうだって事。
この世界には魔法があって、火なら火、水なら水と普通は1つか2つしか適性がないらしい。
多い奴でも3種類、超偉い奴で4種類とかだそうだ。
それがこの王子様は全部の魔法が使えるんだと。
城の奴らが話してるのを聞いた限りじゃ魔法無しの喧嘩の方もかなりつえーらしい、あんなごつい鎧着てんだしまあそうだろうな。
そんでまたそれを鼻にもかけねー「いい奴」で、おまけに顔も整ってると来たもんだ。
これがあのデブの兄ちゃんだとはな、余りにかけ離れてるんで気付くのに随分時間がかかっちまった。
アルガスト皇国って名前が、デブの兄ちゃんの名前と同時にナビに出てたのを思い出したのは一昨日。
じゃあこの世界のどっかにデブがいやがんのか、って思ったけど探す方法はねーし、俺もずっとこの世界で暮らすのかねって漠然と考え始めてた。
魔法の話を耳に挟んだ時、【全魔法の才能付与】の事を思い出してから「こいつがデブが転生した姿なんじゃねーか?」って考え始めた。
そっからはこの完璧王子の情報を探って回るってのを1日やった。
まあやっぱりデブに繋がる情報なんてその辺に転がってる筈もないわけで……、こっちから話しかけらんねーから尚更な。
ひとつ思い付いた事がある。
俺が書いた字はどうなんだ、認識されねーのかやっぱ?
宙に浮いたコップも、俺が吸う煙草の煙も、こいつらは何にも感じてやしねー。
無駄かもしんねーとは思いながらも、試せることは試そうと王子の部屋に行って、紙に日本語で文字を書く。
〔おまえよしだか?〕
つらつらと書いても読まれねーんじゃ意味がねえ、まずはジャブだ。
その紙をテーブルに置いて、王子が気付くのを待った。
しかしいつまでもこの野郎は窓の外ばっかり眺めてやがって、全く気付く気配がねえ。
イライラするが、待つ以外の事はできねーからそれがまたイラつかせやがる。
そんな俺に救いの手が伸びてきた。
ドアをノックする奴がいる。
「開いている。」
王子がそう言うとメイドが部屋に入ってきて、王子に挨拶する。
「失礼致します。お部屋の清掃に参りました。」
「ああ、いつもありがとう。」
王子は歯を光らせて笑う、ハンサムだけどなんか気持ちわりーな。
「……? こちらの紙は?」
メイドがテーブルの紙に気付いた、いいぞ。
「ん? おかしいな、そんな物出した覚えが無いんだが……。」
王子がメイドに近付き、紙を受け取る。
「何も書いておりませんし、机から風で飛んだのでしょうか?」
あーくそ、やっぱり駄目か。
俺が何か書いても白紙に見えやがんだな。
まあ予想はしてたがこれで打つ手なしだな今んとこ。
しばらく城の食いもん盗みながら生きてくしかねーか……。
「……ベル、来たばかりですまないが掃除は後にしてもらって構わないか? 少しやる事が出来た。」
「……? はい、畏まりました。では失礼いたします。」
メイドは王子に追い出されるように部屋から出て行った。
どうしたんだこいつ急に。
メイドと同じく頭にハテナを浮かべてると、王子がいきなり天井を見ながら喋り出した。
「その通りです! あなたは私をここに送った神なのですか!?」
あー、確定したわ、こいつがデブの兄ちゃんだ。
こいつにだけ見えてんのね俺の書いた日本語。