走る
俺は今知らない場所にいる。
西部劇でよく見る赤茶けた土が続く馬鹿みてえに広い場所。
車のCMでもいいか、たまに何か根っこが絡まったようなやつが風でコロコロ転がってくるような、そんな場所。
ああそうだ、荒野ってんだなこれ確か。
しかしどうやって来たのかがさっぱりわかんねえ、気が付いたらここにいた。
頭おかしくなっちまったかな。
取り敢えず当てもなくうろついてみたが埒があかねーんで、たまたま見つけたデカい岩の陰で休む事にした。
俺より背が高いから日陰で休むには丁度いい。
(もしかしたら地獄にでも来ちまったのかな、このままここでさまよい続けるのかね俺は。)
馬鹿らしいと言えば馬鹿らしい考えなんだが、最近は常識が当てになんねー生活してたからなあ。
つってもこんな地獄ならそれでもいいか、舌引っこ抜かれたり釜茹でにされたりする訳じゃなさそーだしな。
頭の後ろで手を組んで、岩に寄りかかって30分……くらいか? 答えの出なさそうな事を考えながらぼけっと空を眺めてたら、岩越しに話し声みたいなもんが聞こえてきた。
(ここが地獄だとすりゃ、こりゃ鬼の声か?)
岩から少しだけ顔を覗かせて確認してみる。
声の聞こえてきた方には、鬼じゃなくて確かに人がいやがる。
馬に乗った黒くてごつい鎧を着た奴を中心に、お揃いのちゃちな胸当てみたいなもんを付けた奴らが大勢。
まだまだ俺からは遠いがきっちり整列して、どう見てもこっちに向かって来てるな。
はっきりとはわからねーが、奥には幌っぽいもんも見える。
軽トラがいんのか? ……んなわけねーか、黒い鎧の奴は馬に乗ってるし、馬車か何かか?
しかしこっちに向かって来てるとなるとこりゃ参ったな、あいつらみんな武器っぽいもん持ってやがるぞ。
もし映画の撮影とかならごめんなさいで済むかな?
ていうか俺の夢の中って可能性もあるよな……、そのわりには全然思い通りにならんが。
どの道こんな岩に隠れてたんじゃすぐバレるな、隠れてやり過ごすのが無理ならいっそ全力で逃げてみるか。
馬に乗ってるのは黒い鎧の奴だけだから、上手くいけばやり過ごせるかもな……。
あいつが追いかけてきたら終わりだが、その場でリンチされるよりはましか。
覚悟を決めた俺は一か八か、安全靴の靴紐を結び直して、全力で岩を背にして走る。
あいつらと俺の間に岩があるとはいえ、時間稼ぎくらいにゃなるかもしんねーが見付からないって保証はねえ。
少しの時間のロスも惜しい。
俺は振り返らずに息が上がるまでひたすら走った。
どんくらいの距離走ったかわからねえ。
(もう走れねーよ……)
って思ったところでようやく後ろを確認してみたが……。
(よっしゃ……、追って来てねーみたいだな……。)
ホッとしつつも、休むのはこえーからそのまま歩きは続ける。
ウサギと亀の教訓が生きてんな、童話は偉大だ。
(でもあいつらどこに向かってんだろうな。)
無限に続く荒野にでも来ちまったかと思ったけど……。
このまま進めばあいつらの目的地に着くのかね、何も無い荒野でいきなり右に曲がるとかねーだろうし。
どうせここの事は何もわからねんだ、何か行動に目標でもねーとな。
あいつらの行き先が何なのか、それを確かめに行くとしますか。
上手く行きゃ荒野を抜けられるかもしんねーし。
そう決心してから、おそらくこれだろうなって場所に辿り着くのに大して時間はかからなかった。
荒野を歩き続けてたら、だんだん緑の草が増えて来て、草原になり、やがて川へと辿り着く。
喉は乾いたが腹でも壊したら嫌だから、飲むのは我慢しよう。
それよりさっきから正面に見えるデカい城みたいなもんがやべー、東京ドーム何個分だありゃ、東京ドーム見た事ねーけど。
行ってみたいがこういうのって門番がいて、何者だ! とか 通行証を見せろ! とか言われるんじゃねーの?
中に入るのは諦めた方がいいかもな、夢だとしても殺されかねん。
……つってもここまで来て無視する訳にもいかねーよな、出来るだけ近付いてはみるか。
川を渡ってもいいけど泳ぎはあんまり自信がねーからな、あいつらがあの城に行くのが目的ならどっかに橋がかかってると思うんだよな。
横断歩道渡る時によく言われたな、右見て左見て……。
俺から見て左、ちょっと遠いが何か黒っぽいもんが見える。
多分だがありゃビンゴだな。
見に行って橋じゃなかったら諦めて泳ぐか。