茶番
取り敢えずおっさんにここの住所をメールしながら動きを待った。
「どちら様ですかー?」
インターホンから男の声がする。
さっきの男だろうな、すっとぼけやがって。
居留守の選択をしないでくれたのは好都合だクズ野郎。
普通に開けろって言ってもいいけど、ここまで来たら楽しんでやるか。
「はー? ここ渚の家だろうが、なんで男の声がすんだよ、おまえ誰だよ。」
襲いに入ったら女の彼氏が来ちゃいましたよ、ってとこだ。
何も返してこねーな。
「鍵持ってんだぞ、開けるからな!?」
そんな事わざわざ言う奴なんか居るとは思わねーけど、ちゃんとお知らせしてあげないとな。
鍵なんか当然持ってねーけどさ。
「少し待ちなさい。」
お、待ちなさいと来たか、開けてくれんのかね。
少しして、ガチャリと鍵の開く音がする。
まあ籠城したところで騒ぎが大きくなるだけだしな、追い払うかついでに俺も殺そうって腹かね。
ドアが少し開いて男が顔を見せる、マスクをしてるから顔はよくわからん。
「誰だよおめーよ?」
こっちから仕掛けてみた。
「私は渚の兄だ、君みたいな男と付き合っているなんて聞いていないがね?」
くっそ、こいつ笑わせにきてるだろこれ、がねって何だよがねって。
「あ、そうなんすか? 渚と俺付き合ってんすよ、今日から覚えてください。で、渚はどこっすか?」
「妹は今いない、悪いが君みたいなやつとの交際は認められないな。」
追い払う方で来たか。
最初から殺す気がないんならありがてーや。
「マジっすか? さっき連絡したら家に居るって言ってたんすけど、おかしいっすね、お義兄さんの事も何も言ってなかったすけど。」
「抜き打ちで来たからだ、うちの教育方針は君には関係ないだろ、帰りたまえ。」
こいつ絶対兄と父がこんがらがってるよなウケる。
「いやいやそうじゃなくてっすね、渚から兄弟が居るなんて聞いてないって言ってんすよ、あんた誰なんすか。」
こいつが女の知り合いならすぐバレる嘘だな、でもそれなら配達員に変装しねーわな。
もしかすっと重度のストーカー野郎で徹底的に女の事調べてるのかもしんねーけど、まあバレたらバレたでいいか。
無言で目が泳いでやがんな。
「何とか言ったらどうなんすかねえ?」
「うるさい! たまたまお前に教えなかっただけだろ! 早く帰れ!」
あーあ、キャラ崩壊しちまったよ。
「なぎさー! いるんだろー? 入るぞー?」
面倒になって男を思いっきり押し飛ばしてみた。
玄関の段差に引っかかって後ろに倒れる変態。
毎日毎日建築資材運んでると、その辺のジム通いの大学生の兄ちゃんより筋肉ついちまうんだわ、わりーな変態野郎。
見たら右手に包丁握ってやがる、どうせこいつは捕まるんだし、ついでに強めに殴っといてもいいか。
そう思って顎を集中的にぶん殴っといた。
「何でお義兄さんが包丁なんか持ってんですかねえ? もしかして料理の途中でした?」
安全靴で右手に思いっ切り蹴りをいれてやった、同時におっさんからの着信。
「はい。」
〔おうもしもし、なんだこれ?〕
「なんだって送りの住所っすよ、今そこにいるんす。」
〔あー、なるほどな、でもなんで俺に?〕
「ちょっと特殊な現場なんすよ、ポリさん呼ばなきゃならんかもしんないっす。これるんだったら来てくんないすか?」
〔なんだそりゃわけわかんねーな、高速使って出来るだけ急いでみるわ。〕
「おねがいします、じゃ。」
電話中も男から目を離してねーが、特に反撃しようとはしてこない。
右手折れたのかね? ぐったりしてるしほっとくか、靴紐で足縛っときゃいいだろ。
さて、家主はどこにいるんだろうか。
無難に一番奥の部屋かね。
そう思って奥の部屋に行ってみる、ソファーの横に転がる半裸の女。
口にはビニールテープが何重にも巻かれてやがる、ひでえなこりゃ。
「有里渚さん?」
目の前にしゃがみ込んで聞いてみたけど、泣くばっかりで話聞いてねえみたいだな。
「困ったな、俺一応あんたを助けに来たんだけど。さすがにそのビニテ剥がしたら髪の毛抜けまくりそうだしな……。」
目を見開いてンーンー言ってるだけでどうにもならねえ。
「一旦落ち着けって、もうすぐ警察も来るから、な?」
どうすっか、なんかよく見るとこの女俺と目線も合わせようとしねえな。
待て待て、そんな事あるか、この女が叫びながら見てるのは俺じゃなくて!
慌てて女の後ろに向かって飛んだ。
振り向いたら変態野郎が倒れ込むように女に抱き着いてる瞬間で、女の顔には包丁が突き刺さってた。
後ろから俺を刺そうとしたわけだ、でも俺がこの女を盾にして殺しちまった訳ね? はいはい。
そういう扱いね、俺が来なかったらこの女の命は助かってたかもしんねーもんな、俺のせいね。