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第十七話 幼馴染からの呼び出し

 廊下……ではなく、俺と雪江は水飲み場にいた。人気はない。遠くで各クラスの喧騒が響くだけ、それを除けばしんとした空気が張り詰めていた。

 教室を出てからここまで言葉を交わすことはなかった。ただ黙々と、俺は彼女の背中を追っただけ。歩く姿勢がきれいだな、と後ろから感心していた。

 こいつの誘いに応じた理由は、あのまま教室にいても息苦しかったから。……だけではなくて、単純に気になったからだ。

 

 いつからだろうか、彼女との中がぎくしゃくしたのは……。中学二年になる頃にはもう口を利かなくなった気がする。クラスも違ったし。かといって、同じクラスになった三年の時もやはり状況は何も変わらなかったが。

 それが今も続いている。ずっと一緒だからって、仲良くしないといけない理由があるわけでもない。歳を重ねるにつれて、同性とつるむようになっていく。それは当たり前のことだ。現に、こいつは剛や学ともあまり言葉を交わさないみたいだし。


 とにかく、こうしてきちんとした形で面と向かい合うのは本当に久しぶりのことだった。だからか、幼稚園から一緒のはずなのに、俺はかなり緊張していた。


 肩口で切り揃えられた黒髪――彼女の友人たちは染めている奴が多いのに珍しい。制服の着こなしも校則の範囲内。

 つり目がちで、鼻はつんと高く、口角もやや下向きだから、こうして見るとかなり冷たい感じがする。それが彼女の内面と合致するかは不明だ。

 少なくとも小学校の頃は、よく笑う明るい元気いっぱいな女の子だった。ちょっと勝気で生意気ではあったけれど。


「……で、何の用だ?」

「これ――」


 それは何の感情も籠ってない平坦な声だった。女子にしてはちょっと低い。そのまま、やはり無表情で自分のスマホを突き出してきた。赤色のカバーを付けていることを、今初めて知った。

 しげしげと画面を見つめる。一枚の画像が表示されていた。どこかで見たことのあるような飲食店のようだ。被写体は向かい合って座る一組の男女。男の方はむすっとした表情だが、女の方は楽しそう。


「へえ、なかなかいい感じに撮れてるじゃないか――って、俺と明城じゃねえか!」

「大げさなリアクション……」

 

 雪江は不愉快そうに顔を歪めると、ふんと鼻を一つ鳴らした。そしてゆっくりと腕を引っ込める。

 俺は居た堪れない気分になった。いつもの癖で、というか……もちろん、ノリツッコミを生業にしているわけでなく。剛たちと一緒にいる時みたいな振る舞いをしてしまった。

 彼女はもう昔とは違うのだ。以前は決してこんな風に冷たく笑うやつではなかった。こんなに、俺に緊張感を与えることもなかった。


「……それでこれはなんだ?」

「やっぱり知らないんだ」

 今度は呆れたようにため息を一つ。なんなんだ、さっきから。

「逆にわたしから聞くけど、付き合ってるの? この子と」

「はあ!? なんで、それをお前に言わなきゃいけないんだよ」

「その反応……やっぱり噂の通りね」

「噂って――なるほど、そういうことか。昨日の相合傘写真と同じか。誰かがこそっと撮って流した」

 こくりと彼女は頷いた。

  

 これでようやく先ほどの答え合わせができた。予想はついていたが、確信に変わった。ただの好奇心からだったのだ。転校生のスキャンダルなんて、格好の話の種だ。

 

「でもそれとお前が俺を呼び出した理由に何の関係が? ゆき――湊がそんなゴシップ好きだなんて、知らなかった」

「白波君がそんなに手が早いだなんて、わたしも知らなかったわ」

「ちげーよ、そんなんじゃない」

「でも初めは否定しなかった」

「真面目に答えるのがめんどくさかっただけだ」


 俺のそんなぞんざいな言い方にも、彼女はむすっともしない。まるで、人形と話しているみたいにこの女の表情は変わらない。声の調子もどこまでも平坦だ。 


「でもこの写真は? 相合傘は?」

「放課後寄り道しただけで、それがすなわち恋人の証明になるのか?」

「大力君みたいなこと言うのね……」

「そして、相合傘は偶然そうなっただけ。もう一度言うが、俺と明城は何の関係もない。強いて言えば、あいつが一方的に絡んでくるだけだ」


 そのまま静寂が訪れる。厳密にいえば、廊下からは騒がしい声は相変わらず聞こえてくるのだが。

 俺はじっと彼女の瞳を見つめた。明城に比べれば小さな瞳。しかし、力強い光を湛えている。昔の勝気さがそこに残っている気がした。


 そのまま見つめ合うこと数秒。やがてどちらともなく視線を外した。……俺もそうだが、あいつもどこか気まずそうである。

 そのあからさまな動揺ぶりを見て、俺は少し頬を緩めた。雪江にもちゃんと血が通っていたんだと、変に納得した。


「わかったわよ、あなたの言うことを信じるわ。確かに、この写真の白波君、どこかつまんなそうな顔してるものね。……小学校の時、わたしの話を聞いてたみたいに」

「そんなことないと思うけど」

「まあいいわ。わたしも昔過ぎて忘れてしまったから」

「覚えてたじゃないか」

「……とにかく、あなたと転校生さんの間に何の関係もない。それがわかればいいのよ」

 彼女はなぜかしきりに何度も頷いている。


「なんだよ、それ?」

「あなたと明城さんができてるんじゃないかって知って、かなり話題沸騰だったのよ。特に、柳井君なんか、もうカンカンで」

「柳井が? あいつ、そんなに明城にご執心なのか。全然大歓迎なんだが」

「それはあれだけ美人だったらね。わたしも同性ながら、彼女は素敵だと思うわ。まあ、相手にされていないのだけれど。あなたの言葉を借りれば、明城さんはあなたにご執心ね。心当たりは?」

「いや――」


 俺はそこで言葉を切って軽く逡巡する。こいつにまで、本当のことを伝える必要はない。ただの幼い頃からの腐れ縁に過ぎない。あまり変な話をするのも躊躇われた。


「ないな、やっぱり」

「そう? だいぶ考え込んでたみたいだけれど……。まあ、いいわ。とりあえず、柳井君たちの方は何とかしておくから」

 それじゃね、あっさり言い放つと、彼女はつかつかと水飲み場を出て行った。


 俺はその背中を茫然と見送る。なんとはなしに、俺は窓際に近寄った。グラウンドには、慌ただしく裏玄関に向かう生徒の姿が小さく見えた。

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