第十四話 突然のデート
高校からちょっと離れたところにあるハンバーガーショップに俺たちはいた。全国チェーンの店だ。その存在はずっと知っていたけれど、こうして来るのは初めてだった。……別に、寂しい高校生活だなんて思わないさ!
雨が降っていたのは、朝からのことだったけれど。そのせいで、俺も明城も歩きだったわけで。ちなみに彼女もまた、晴れていれば自転車で来るらしい。その姿はうまく想像できなかったけど。なんとなく、黒いリムジンで送り迎えされる映像がくっきり脳裏に浮かんだ。
傘をさして、どことなく気まずい雰囲気の中、俺たちは帰り道を歩いていた。……ちらりと見えた彼女の横顔は満足そうだったが。
この店の看板が見えてきた辺りだろうか。それはちょうど、自分の家と高校の中間地点くらいの位置にある。
そこでタイミングよく、雨が一層強まった。雨宿りしましょう、彼女がそう告げたので、こうして店に入ったわけである。ゲリラ豪雨張りの振り方のそれは、とても傘一本で歩ける状態ではなかった。
注文を終えて、商品を受け取って、俺たちは店の中ほどの適当なところに座った。あえて窓際を避けて二人掛けの席で向かい合っている。椅子に俺が座り、ソファを彼女に譲る。
こんなところ、クラスの――いや、学年の誰かに見られたら……。彼女の姿はよく目立つから、すぐに噂は広まることになるだろう。
「やー、凄い雨でしたね。でも、偶然近くにこのお店があってよかった~」
「……結局、お前の言った通りになったな」
「なんです?」
「いや、なんでもないよ」
俺は誤魔化すようにホットコーヒーを口に含んだ。ほどよい酸味と苦みが口いっぱいに広がる。昔はよく家でも飲んでいたが、今はそんなでもなかった。
寄り道は断ったはずなんだけどな……。結果として、それをする羽目になった。またしても、偶然。彼女の側ではやたらと偶然が起こるものだと、皮肉げに感じていた。
「そうだ! お腹、大丈夫ですか?」
「うん、ああ。あれくらい大したことないさ」
いつもよりは多かったというだけで、あれくらいの量はぜんぜんへっちゃらだ。これが、明日から毎日ずっと続きます、とか言われたら流石に参るけどな。
それにはっきり言って、母の用意してくれたものより美味しかった。それは絶対に口には出せないけど。そんなことをしたら、購買戦争に毎日参加することになる。あれは、偶にだからいいのだ。
どのおかずも妙に俺の好みに合うというか……まさか狙ってやったのだろうか。その事実は嬉しいではなくひたすらに恐ろしい。
俺は楽しそうにストローを口にする明城の顔を、真正面からしげしげと眺めた。見た感じは、そんな不思議な感じはしないのだが。
「どうかしましたか、ユキトさん?」
「弁当美味かったなって」
「本当ですか? 嬉しいです!」
彼女の顔がぱーっと明るくなった。その目立つ胸がより隆起する。
「味の好みは、やっぱり変わらないんですね~」
「……いやぁ変な偶然もあったものだな」
あはは、俺は渇いた笑いしか出なかった。そんなことだろうとは思ったけども。
墓穴を掘った。確認しなければ、疑いのままで済んだのに。これで、彼女は一つ確信を積み上げたことになる。
しかし何を話したものか。俺は一口コーヒーを啜りながら、考える。よく考えれば、こんな場所で女子と二人っきり。これはマズい、何がどうしたらいいか全くわからない。
だから嫌だったのだ。無視するのが正解だったとしか思えない。追い詰められた思考は二転三転を繰り返す。
「でも夢みたいです。こうして、またユキトさんと過ごすことができるなんて」
「俺も別の意味で夢みたいだけどな。そして、言っておくが、こうしてまた、というのはてんでおかしな話だ」
「わかってますよ~」
本当にわかっているのだろうか。彼女は強くストローを吸った。唇をちょっとすぼめるその姿は可愛げがある。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。助かった、話題が見つからなくて困っていたところだ。
おもむろにそれを取り出して、机の下――あいつの死角で電源を付ける。
『どうだい、デートは楽しいかい?』
画面の上部に表示される怪文書。差出人は剛。
『何の話だ、バカ?』
すかさず返事を送る。あいつめ、見た目だけでなく頭の中身までゴリラに近づいてしまったのか。あの頭のよかった剛はどこへ行ってしまったのか。
間を置かずに連続でスマホが振動する。まず写真が届き、すかさず剛からのメッセージ。
『これ、クラスのに回ってたぞ、バカ。
ラブラブですなぁ、バカ』
おかしな語尾は全く気にならない。それよりも――
それは、一組の男女が相合傘でくっついている写真だった。背景にはうちの学校の玄関が見える。そしてそれは紛れもなく俺と目の前のこの女。
とんでもない捏造だ! うちのクラスにコラ画像職人がいるとは思わなんだ……。しかし、こんなものが流れているなんて、通知切ってるから全く気が付かなかった。
犯人捜しをしようと、うちのクラスのグループを開こうとしたが、画面をタッチする前に止めた。心当たりはある。あれは校門を出てすぐのこと。
「ユキトさん、雨が降ってます! 傘どうぞ!」
短い屋根の下、奴はいきなり傘を開いた。そして、ぐっと身体を近づけてきたのだ。あれは一瞬のことのはずだったが……
見た感じ、正面から撮られているので撮影者は――
「デート中にスマホを見るのはどうかと思います、わたくし」
ちょっと不機嫌な声が耳に届いてきた。顔を上げると、ムッとした表情をした奇麗な女の子がそこにいた。
「悪い、悪い。でも、なんか俺たち曝されてるんだけど……」
「えっ、ほんとですか? ――まあ、よく撮れてますね」
俺がさっきの写真を突きつけると、奴はにっこりと笑った。そして、どこかズレた感想を口にする。
俺とこいつの状況認識にここまで差があるとは思っていなかった。これはどうやら火消しは俺一人の力でやらなければいけないようだ。早くも気が滅入ってきた。
「あっ! そうだ、思い出したんですけど、まだわたくし、ユキトさんの連絡先聞いてませんでした!」
彼女は慌てた様子でこわきに置いた鞄からスマホを取り出した。
「いや、そんなことより、これ――」
「そんなこと! そんなこととはなんですか! そうなんですね、ユキトさんはわたしと連絡を取り合う気は微塵もないと……」
悲しそうに目を伏せる明城。それはとてもわざとらしい。
しかし、大声を出したものだから、周りの顔がこちらを向いた。どことなく俺を責めているように見えるのは、偏に被害妄想ではないだろう。
「ごめん、俺が悪かった。だから、顔を上げてくれ。なっ!」
「じゃあ連絡先、交換してくれますか……?」
俯いたままおずおずと聞いてくる彼女。それでも、ちらちらと上目遣いにこちらの様子を窺ってくる。そして先ほどとは違い、とても小さな、ささやきみたいな声だった。
最初からそうしてくれよ、と俺は思う。相変わらず、人の視線はこちらに集まったまま。この雰囲気を何とかする外、事態を打破する手段はなさそうである。
「……わかった、わかりました。ぜひ交換してください」
「そうこなくては! この世界にはこんな便利なものがあるのだから、利用しない手はないですよね~」
先程の沈んだ感じはどこへやら。がらりとその様子は明るくなっていた。……周りからなぜかため息が聞こえたのは気のせいだろうか。もう誰もこちらを向いてなどいなかった。




