婚約破棄は計画的に!
ブックマーク、評価ありがとうございます。ちまちまおかしなところを訂正しました。
「俺はイライザ・ウォールズとの婚約破棄を申し出る!」
屋敷の玄関前でこう宣言したのは、ローク伯爵家4代目当主となったカルロ・ベアリング(20)彼の後ろには深紅のドレスに身をまとった黒髪の女性が顔を扇で隠し佇んでいた。
婚約破棄を言い渡されたのはウォールズ男爵家二女イライザ・ウォールズ(15)カルロとの婚約は幼少の頃親同士が決めたものだったが、ローク伯爵家3代目当主が亡くなりカルロが当主となった数ヵ月前より彼からの便りが届かなくなり心配したイライザが屋敷へ訪れたところ、いきなりこう言い渡されてしまった。
「何もこんな……酷いっ」
イライザは玄関前で崩れ落ちボロボロと涙を流したが、カルロはイライザの涙を見ても表情を崩さずそのまま屋敷の中へと帰ってしまったのだった。
◇◇◇◇◇
「酷いっ! 確かに私は美人でも、人より秀でた才能もないけれど、あんまりだわ!」
イライザはカルロに婚約破棄を言い渡された後、何とか立ち上り馬車に乗り込み自宅へ戻ると美しく仲の良い姉エミリー(17)の膝の上で泣きじゃくった。
「イライザ、落ち着いて。カルロ様は何か理由を仰っていたの?」
「いいえ。何も! 屋敷にお伺いして扉が開いた途端いきなりでしたわ。彼の後ろには女性が……きっと素敵な女性を見つけたからに違いないわ!」
エミリーは泣きじゃくる可愛い妹の肩をさすった。確かにカルロ様は見目麗しく、王族直属の近衛連に属しており女性は引く手数多なのかもしれない。
しかし、一方的な婚約破棄などなんて不躾で非常識なんだろうか。それに大切な家族をこんなにも傷つけられエミリーも心を痛めていた。
どうしたものかと考えていると、部屋の扉がノックされ人が入ってきた。
「ジェラルド!」
「失礼。今入っても良かったかな?」
扉が開き入ってきた長身の男性はエミリーの婚約者、スローン公爵家長男ジェラルド・ブラナー(23)だった。
エミリーとは3ヶ月後に挙式を控えており、最近は打ち合わせをかねて頻繁にウォールズ男爵家を訪れている。
「ジェラルド様、申し訳ございません。私は出ていきますね」
イライザはジェラルドが入室した事に気が付くと泣き顔を見られるのが恥ずかしいのと、姉とジェラルドが長く二人きりでいられるようにと気を使って退室してしまった。
「彼女はどうしたんだい?」
「それがね……」
エミリーはため息をついてから事の全てをジェラルドに話した。するとジェラルドは落ち込むエミリーの側に寄り添い、彼女の白く滑らかな手を取った。
「なんて酷い。イライザは大人しくて控え目だが真面目で頑張り屋な良い子なのに」
「あの子がこの件で男性不振にでもならないと良いのだけれど」
二人はこの日、結婚式の話をよそに妹と元婚約者について遅くまで話し合ったのであった。
◆カルロ・ベアリングの話◆
俺は小さな頃からイライザが嫌いだった。
子供の頃、互いの家族揃って避暑地へ遊びに行った時の事、遊びに誘っても運動は苦手だから嫌だ? じゃあ川の向こうへ探検しに行こうぜ! と言っても危ないことは止められているから嫌だとか。ならどんな遊びをするんだと聞いたらやれ、おままごとだの人形遊びだの。
そんなのいつも一緒にいる綺麗な姉さんとしてればいいだろ?
そう、イライザの姉エミリーはまるで人形のような美人なのにイライザは平凡で幸薄そうな顔をしてるのも気に入らなかった。
どうせ婚約するなら美人なエミリーがよかったぜ。
その上、イライザは一緒に勉強をすると俺より良い成績を取りやがる。少しは婚約者である俺に遠慮するって言葉を知らないのか?
大人になって色々世間の事が分かってくるとイライザが男爵家なのも気になった。どうせならメリットのある金持ちな伯爵家令嬢と結婚したいもんだと。
ある日、仕事が終わり同僚の屋敷へ招待され数名で食事をしに行ったんだ。彼は俺よりも3つ歳上の先輩で仕事もできる。尊敬してるんだ!
すると、お邪魔した屋敷では彼の姉が友人達とお茶会を開いていた。そこで運命の出会いをしたんだ。
その中にいた黒髪の女性、美しい顔をしたイヴリンは俺たちの方を見ると静かに笑った。少し勝ち気な瞳に悪戯そうに笑う顔に俺は心臓を撃ち抜かれた!
すぐさま紹介してもらうとイヴリンはとある大きな公爵家の三女で婚約者はいないと言うではないか!
俺はすぐに彼女に又、今度は二人きりで会えないかと懇願すると暫くは手紙でやり取りしましょうと提案された。
この出会いを無駄にしたくない俺は友人を通して次の日から毎日のように手紙のやりとりを始めた。
彼女の屋敷へ直接届けるのは父上に怒られてしまうからと断られてしまったが、そんな事は何て事ない。彼女と手紙をやり取りできるだけで幸せだった。
そんな手紙のやり取りがしばらく続き、我が家へお茶をしに来ていただける約束を取り付けられる程順調に仲は深まっていった。
そしてある日、俺の父が突然倒れそのまま帰らぬ人となってしまった。
これには驚き動揺したがここでふと、考えか浮かんだ。
父が亡くなり俺がローク伯爵家4代目当主となった今、イライザとの婚約破棄をしてしまっても良いのではないかと。
俺が当主なんだ。誰にも文句は言わせないし、イライザの男爵家との繋がりが断たれても困りはしない。
そう考えた俺はさっそくイライザが何も知らずに我が家へ来たところに婚約破棄を申し出てやった!
その日はイヴリンが初めて我が家に来てくれた記念すべき日でもあったから俺は達成感で心がいっぱいだった!
相変わらすイライザはトロそうな顔をしてたぜ。婚約破棄を告げると泣いていたけど俺には全く響かない。イヴリンと結婚できれば俺は幸せなんだ!
◆エミリーの話◆
私には大切な人がいます。
まず、可愛い可愛い2つ下の妹イライザ。この子はとっても純粋で素直な子。
昔から私の後ばかりおいかけてきて未だに私を慕い、どんな小さな悩みも私に話してくれる。きっと私がいなければこの子はダメになってしまうわ。
そして、婚約者のジェラルド。子供の頃に結ばれた婚約だけれど、ジェラルドは紳士的で私をとても大切にしてくれている。妹のイライザも彼に懐いているしね。
だから彼の為にと花嫁修行は人一倍努力したわ。間もなく彼の隣でウエディングドレスを着るの。楽しみで仕方がないわ。
私はこの大切な二人が幸せであってほしいの。
ただし、気になるのは妹イライザの事。
私がジェラルドのスローン公爵家へ嫁いでしまったら彼女の悩みをすぐに聞くことができなくなるし、助言もしづらくなる。
イライザがもし誰かに騙されたり陥れられたりされたら……と思うと安心してお嫁に行けないわ。
ジェラルドと違って妹の婚約者カルロ様は我が家においでにならない。二人の相性があまりよくないのは周知の事実だしね。
この事をジェラルドに相談したら「妹から卒業しろ」って言われちゃったわ。そうね、私が本当に安心できるのであればそうしたいのだけれど。
◆ジェラルドの話◆
俺の婚約者は美しく勤勉だ。
彼女が外を歩くと大抵の男は振り返る程だ。
つい最近まで花を生けるのが苦手だと言っていたと思ったら、優秀な講師に学びあっという間に得意にしてしまったり俺の仕事内容についても言わずともいつの間にか勉強し理解してしまっている。
あまりに完璧で人形か?と思うところもあるが、虫が苦手だったりセロリが食べられなかったりするところを見ると可愛らしくてほっとする。
彼女にはイライザという妹がいて、とても二人は仲がいい。
例えば結婚式の打ち合わせに彼女の屋敷へお邪魔するといつも一緒にいるのだ。もはや溺愛と言っても過言ではない。
エミリーは妹イライザについて悩んでいた。エミリーが我が家に嫁いでしまったらイライザと頻繁に会えなくなってしまうと。そうなるとイライザが心配で心配でしょうがないと言う。
イライザももう子供ではない。心配しすぎだとなだめたが、エミリーが安心して我が家に嫁いできて貰えるようにするにはどうしたら良いものか……。
イライザが婚約者と仲睦まじくしてくれていればエミリーの心配事も減るのではと探りを入れもしたが、どうやらそうではなかったらしい。屋敷に帰ってから悩んでいると嫁に行ったはずの姉が帰省していたので相談してみた。
すると、姉はそれならばとひとつ提案をしてくれた。
───── そして結婚式当日 ─────
「お姉様、おめでとうございます! とても素晴らしいお式でした」
「ありがとうイライザ! あなたにあんなことがあって間もないのにごめんなさいね」
「いいえ! お姉様が話をたくさん聞いてくださったおかげで私はもう立ち直りましたわ」
「そう。それなら安心だわ。ねぇイライザ、今日来ているジェラルドの従兄で長身の男性がいたでしょう? ジェラルドがイライザの事を話したらね、ぜひともお話ししてみたいって言ってくださっているのよ」
「まぁ……そんな」
「ほら、お話しするだけならば……ね?」
「ええ、お姉様がそう言うのなら……」
「よかった。あら、もうパーティーの時間? さぁ、行きましょう」
スローン公爵家の広い庭はガーデンパーティー用に装飾され、食べ物や飲み物がセッティングされて式に招待しきれなかった友人や仕事仲間大勢で賑わっていた。
タキシードを着たジェラルドとウエディングドレス姿のエミリーが登場すると会場は盛り上がり、音楽とダンスでお祝いの宴をはじめた。
「おめでとう、ジェラルドさん!」
「やぁ、来てくれたか。忙しいところありがとう」
「尊敬してる先輩の結婚式です、当然ですよ!」
「おや、後ろの女性は?」
「えっと、彼女は俺が付き合ってる子でして」
ジェラルドに挨拶をしに来たのは職場の後輩だった。二人はシャンパンで乾杯すると言葉を交わした。
すると、後輩の後ろにいたピンク色のドレスを着た黒髪の女性は顔を出してジェラルドとエミリーに丁寧に挨拶をした。
するとここで、急に会場の音楽が止んだ。
「どうしたんだ?」
「あ、俺が演奏家の人達に頼んだんです! ジェラルドさん、人のパーティー会場でと怒らないでくださいね。俺、ジェラルドさんみたいな美男美女の仲睦まじい夫婦になることに憧れてるんです!」
ジェラルドの後輩はこう言うと、ピンク色のドレスを着た女性に向き直り、その場にひざまずいた。
すると、彼の意図を察した出席者からは感嘆の声があがった。
「イヴリン、お願いだ。俺のためにウエディングドレスを着てくれないか? 俺と……カルロ・ベアリングと結婚してくれ!」
ひざまずくカルロが胸元から大粒のダイヤモンドが輝く指輪を取り出すと会場は静まり返った。
皆、プロポーズされた女性の反応を待っている。
会場にはジェラルドの勤める王族直属の近衛連に属する上司や同僚も数多く出席していた。
そして、もちろんジェラルドとエミリーの親族も。
イライザは会場の騒ぎに気がつくと何事かと姉のそばに駆け寄った。
するとそこには、ピンク色のドレスを着た女性にひざまずきプロポーズをする元婚約者の姿があったのだ。
エミリーは横に来たイライザをちらりと見ると青い顔をした妹の手をぎゅっと握った。
ピンク色のドレスを着たイヴリンはカルロが差し出す指輪に手を伸ばした。
パシーーーン!
イヴリンの伸ばした右手は指輪を右から左に力強くなぎ払い、指輪は短く刈られた芝生の上にコロコロと転がった。
「イヴリン……?」
「はー、ばっかじゃないの? あんたみたいな自己中、自分勝手男と結婚なんてご免だわ!」
イヴリンが大きな声でこう言うと、彼女と初めて会ったジェラルドの屋敷で茶会を催していた彼の姉がイヴリンの後ろからあらわれた。
カルロは何が起こったのか理解できないのか、目を点にして未だひざまずき固まっている。
「カルロ君、お久しぶり! どう? 私の優秀な侍女は素敵な女性だったでしょう?」
「え……あの、侍女? イヴリンは女学校に通ってるのでは……?」
「ぜーんぶ嘘よ。あなたの本性を誘き出すためのね!」
イヴリンはジェラルドの姉の後ろに隠れるとあっかんべー! とカルロに嫌悪の表情を見せた。
すると、今度はジェラルドがカルロに近づき手を貸し彼を立たせるとポンと肩を叩いた。
ジェラルドの隣にはエミリーが、その少し離れた後ろには驚いた顔をするイライザが立っていた。
「カルロ、君が誠実な男性なのかどうかを見極めさせてもらったよ。私の義妹が君と結婚して不幸になっては困るからね」
「なっ……!?」
「私は、昔っからあなたが妹イライザのことを嫌ってるのはよーく知っていたわ? チラチラと私の方を誘うように見ていたのもね! だからあなたの誠意を試させてもらったのよ!」
カルロは全てを理解したのか、真っ青になっていた。
慌てて辺りを見渡すが、まわりに集まった上司や同僚も皆白い目でカルロを見ている。
彼を擁護する者は一人もいなかった。
◇◇◇◇◇
エミリーはラズベリーソースのかかったパンケーキを一口ぱくりと食べ、紅茶を飲むと幸せそうに笑った。
「イライザ、あなたが不幸せにならなくて本当に良かった!」
「カルロ様の件に関しては……驚きましたわ」
とある休日、エミリーはイライザをスローン公爵家へ招待しアフタヌーンティーを楽しんでいた。
結婚式から1ヶ月たち、やっと嫁ぎ先にも慣れてきた頃だった。
エミリーは結婚式から遡ること数ヵ月前、イライザとカルロの婚約は果たして本当に大丈夫なのかと心配し、ジェラルドに相談したのだった。
なぜならば、ジェラルドの勤め先こそがカルロが勤める王族直属の近衛連だったからだ。
イライザは姉がジェラルドと婚約を結んでいることをカルロに話してはいたが、カルロはいつもイライザの話を聞いているようで聞いていなかった。
ジェラルドとエミリーが結婚式をすると言う話も右耳から左耳へスルーされていたのだろう。
エミリーの相談を受けたジェラルドは職場でやんわりとカルロへ婚約者がいるのかと聞いてみた。するとカルロは渋い顔をして「空気みたいな女が居るような、居ないような」と言った。
ジェラルドはウォールズ男爵家へお邪魔した際にイライザが花嫁修行を頑張っている健気な姿を見ていたのでカルロのこの発言には憤慨した。
いくら親の決めた婚約であろうとも男たるもの、女性に対して誠実であるべきだと考えていたのだった。
こんな男では義妹は幸せになれないだろうと悩んだ。ジェラルドは屋敷へ帰り姉に相談すると、姉は思わぬ提案をしてきた。
「美人な子を囮にしてカルロ君の誠意を確かめれば良いじゃない!」
エミリーにもこの件を話すと「ぜひやりましょう!」との事だったのであとはジェラルドの知らぬところでトントン拍子に事は進んだ。
ジェラルドが屋敷へカルロを招待したところで、彼はまんまと自ら罠にハマってくれたのだった。
荒療治だったが、妹の婚約者の真意が早々に分かったことでエミリーは安心した。
そして、婚約破棄を言い渡され泣きじゃくる妹をなだめながらも心の奥ではホッとしていたのだった。
その後のあの公開プロポーズである。大自爆してくれてエミリーは胸を撫で下ろした。
「散々なお方だったわね! だってあの場面を上司にまで見られてこんな不誠実な奴は置いとけないって王族直属の近衛連から門番になっちゃったんだっけ? 出世コースどころか伯爵家維持にも関わる大変な左遷っぷりね」
エミリーはカップをテーブルに置くと妹へ体を乗り出した。
「それで、ジェラルドの従兄とお茶をしたんでしょう? 彼はどうだった?」
「ええ、物静かだけれどとても真面目で物知りな方でした。互いに最近読んだ本の話で盛り上がって……」
エミリーは妹イライザに似合うのは静かで落ち着いた男性だと思っていた。
ジェラルドの従兄は正にぴったりなのである。
もし、イライザが屋敷も近い彼と結婚すれば……。
美しいエミリーはにこやかに笑いながら、この壮大な計画を何も知らないイライザの話を楽しそうに聞いていた。