第7話 『ほんの少しの安堵』
「廉治!」
「おう、待たせたな」
「ううん。意外と早かったね」
「部活がいつもより早く終わったからな」
「そう! さ、上がって上がって」
いつになく元気いっぱいな愛乃に手を引かれ、階段を登りかけて制止をかける。
「おい、ちょっと待て」
「どうしたの?」
「いや、いつも部屋にいて気づかないんだろうが、来たらとりあえず手洗いうがいをさせてもらってるんだ。だから、先に行っててくれないか?」
「分かった。待っとく」
「いや、寒いだろうからいいよ。先に行ってろって」
「私、廉治といられる時間は一瞬でも長く一緒にいたいなって……」
どうやら愛乃は言うことを聞いてくれないようなので、俺が折れることにした。このまま言い争いを始めても余計時間を食うだけだろうから。
「それじゃさっさと済ませるからな」
「うん!」
今度は俺が愛乃の手を引いて洗面台まで向かう。
まず丁寧に手を洗い、その後、俺が日参するようになってから持ってきたコップを使って口に水を含んで──
「あ、そのコップ、私も使ってるよ!」
「ブ────ッ! ゲホッゲホッ…………」
とんでもないカミングアウトに、思わず吹き出してしまった。そのせいで鏡がびしょ濡れになった。
「お、お前! 風邪とかノロウイルスとかインフルエンザとかにかかったらどうすんだよ!」
「大丈夫! 廉治からもらったウイルスなら私頑張れるから!」
「何言ってんだよ! お前、頭大丈夫か!?」
「それより、早く拭かなきゃ! はい、タオル」
「おう、サンキュー」
これは後で説教をしたほうがよさそうだな……。
「そこに座れ!」
「はい……」
「詳しく聞かせてもらおうか」
「あれは出来心だったんです……。いつも見ないコップがあるな~と思って、お母さんに聞いてみたら、『それ廉治君のだから、うっかり使わないようにね』って。だから振りかと思って……。それで、一度やったらやめられなくなって……」
「原因はおばさんかよ……」
「やめて! お母さんは悪くないの! だから責めないであげて!」
「そうだな。その分までお前を叱るとしよう」
「えぇっ!!」
「まぁ、それは冗談として。今後は俺のコップは持ち帰ることにする」
「はい……」
さて、一連の説教は終わったので、この流れで疑問をぶつけてみることにする。
「なぁ、愛乃」
「何?」
「最近どうなんだ? その……容態は」
「それが特に何もないんだよね。病気、いつの間にか治っちゃったのかな」
「油断は禁物だぞ」
「分かってる。だから、もう少し様子を見て、何もないようならもう一回精密検査してもらって、大丈夫そうならテストだけでも学校行ってみようかな」
「それならよかった」
「ねえ、廉治。約束、ちゃんと覚えてる?」
「もちろん。お前が元気になったら告白の返事をする、だろ?」
「そう。それさ、精密検査で問題がなかったら、元気になったってことにしてくれない?」
「それは構わないけど、なんか焦ってないか? なんかこう……死に急いでるみたいな」
「ううん、そんなことないよ。私は早く廉治のお嫁──じゃなくて彼女になりたいだけ」
「そうか。まぁ、約束だしな」
「ありがと。これで私は解放される……」
「なんか言った?」
「なんでもない。それよりテスト近いんでしょ? 数学大丈夫なの?」
「いや、全然大丈夫じゃない……」
「じゃあ私が教えてあげるから、今すぐ用意すべし! 善は急げだよ、廉治! 夕飯までに場合分けをマスターしよう!」
「今日はぜひ上に乗っからない方向で……」
「分かったから早く支度して」
「了解」
夕飯までおよそ5時間。今日もみっちりしごかれそうだ。