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第6話 『俺の気持ち』

「大丈夫? 顔色悪いけど」

「ああ、大丈夫だ。俺は試練を乗り越えただけだから……」

「私としてはちょっとどころかかなり残念なんだけど」

「? 何のことだ?」

「ううん。何でもない」

「そうか。じゃあ、そろそろ時間だし、俺は帰るよ」

「ねえ、廉治」

「どうした?」

「今日は泊っていかない?」

「すまん。明日の朝は練習が入ってるんだ」

「でも、この雨だったら、朝練ないんじゃない? 明日も雨ってお母さん言ってたけど」

「そうだけど、そろそろ練習できないとヤバいから、長距離組はやると思う」

「そっか……」

「明日の夜ご飯は愛乃の希望通り一緒に食えるから。な?」

「分かった。昼頃には来れるんだよね?」

「おう。極力急いで来るよ。それじゃ、また明日な」

「また明日……」

「あ、それと」

「どうしたの?」

「宿題、助かった。また聞いてもいいか?」

「ふふっ。私はいつでも待ってるよ」

「そうか。じゃな」

「おやすみ廉治」

 今日は寂しいというより、残念だったという顔をしている。バリエーション豊かな愛乃の悲哀の表情を見るたびに心が痛むけれど、今日はもう疲れた。

 これからも同じようなことが続くのなら、一度おばさんに相談したほうがいいのかもしれない。

 おばさんに帰る旨を伝えに台所に寄ると、カレーのいい匂いがしてきた。

「おばさん、そろそろ帰ります」

「あら、もうそんな時間! いつもありがとね。それで、何か変わったことは?」

「愛乃のやつ、すごく積極的になっている気がします」

「あら、そうなの? 愛乃も女の子だから、優しくしてあげてね♪」

「冗談きついですよ……」

「それはいいんだけど、明日は晩ご飯一緒に食べるでしょ?」

「はい。そのつもりです」

「今ね、明日食べるカレー作ってるから、楽しみにしておいてね」

「ありがとうございます」

 おばさんのカレーは、俺も愛乃も大好きなメニューだ。

「また何か変わったことがあれば連絡してくださいね」

「分かったわ」

「では、失礼します」

 軽く会釈して、そのまま井原家を後にした。


 家に帰り、夜ご飯を食べ、風呂に入って。

 明日の夜は井原家で食べると言ったら、愛乃の様子を聞かれて。

 それから部屋に戻って、今は午後9時半。

 何もする気が起きず、とりあえずベッドに転がった俺は、最近の愛乃の変化について考えていた。

「愛乃は何を考えてるんだ……」

 未だに密着してきた時のぬくもりが抜けないようで、なんだかすごくむずがゆい。

 病気の時って、人肌が恋しくなるものなのか、それとも、別の何かを抱えているのか。どっちにしろ、最近の愛乃の後先を考えない積極性は、明らかにらしくない。

 何が愛乃をそうさせるのかは全く分からないが、俺はとりあえずの対応を考えねばならない。

「まず、俺の気持ちを整理してみるか……」

 俺は愛乃の異変についてどう考えているのか。

 一番は動揺。昨日を境に突然告白してきたり、体を密着させてきたり。これまでの愛乃なら絶対にしてこなかったスキンシップだ。

 それから、不安。恋は盲目というが、今の愛乃はまさしくそんな状況に陥っている気がする。別にそれは構わないのだが、俺よりも成績も容姿も性格もいい人間はこの世にごまんといる。俺がこれまで愛乃と過ごしてきた時間は、愛乃の家族の次くらい長いだろう。だから好きになるのも無理はないとしても、幼い頃から天賦の才を発揮していた愛乃と、努力でようやく平均に追いついている俺の差は大きい。だからこそ、愛乃にはもっとお似合いで、釣り合う人がいるんじゃないかと思うのだ。

 そして憧れ。出会ってからずっと、愛乃に憧れて、少しでも追いつけるように頑張ってきた。今でもその気持ちは変わらないし、これからも変わることはないと思う。

最後に危惧。俺の憧れた愛乃はこんな人間じゃない。彼女の気持ちを完全に理解できているわけではないけれど、分からないからこそ怖いのだ。何か理由があってのことなのだろうが、もしないとすれば俺は愛乃が道を踏み外さないように気づかせてやる必要がある。

「明日、直接聞いてみるか……」

 冷静になれば、俺も彼女の道を踏み外す手助けをしなくて済む。そして、気持ちの整理がついて、これからの対応も上手く考えられそうだ。

 忘れてしまいがちだが、愛乃は原因不明の病気に侵されている。できることは極力協力してやりたいが、俺にも俺の考えがある。今の俺には、そのことについて話さなくてもいいよう祈ることしかできない。


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