第5話 『家庭教師』
翌日。12月14日。金曜日。天気は今日も雨。雨と言っても土砂降りの雨で、おまけに雷も鳴っている。
そんなわけで今日も部活は休みだった。体育館はバスケ部、バドミントン部、バレー部が使っているし、正面玄関や渡り廊下などの広いスペースがあるところは吹奏楽部や野球部が使っている。かといって、陸上部が活動できないわけじゃない。いわゆる単距離種目の連中は渡り廊下の狭いスペースを利用してスタートダッシュの練習をしていたり、階段を利用してタイムアタックをしていたり。長距離は走れるスペースもないし、人数も少ない。だから、雨の日は基本的に自主練の指示が出る。顧問の監督はないから、帰ってもバレないのだ。
今日が雨で本当によかった。今はどうしても部活に集中できるコンディションじゃない。
言うまでもないが、原因は愛乃からの告白の真意が分からないからだ。
完全に不意打ちだったが、初めは真剣な表情だったのを鮮明に覚えている。
だが、途中から一変して、冗談めかした口調と自信ありげな表情を見せた。
愛乃が何を考えているか俺には分からない。出会って間もないとか、あまり関わりがない学校の男子連中は告白されようものなら間髪入れずに「はい!」と答えるのだろう。
だが、俺は10年前から愛乃のことを知っているがゆえに、真意が分からない。
いろいろな顔を知っているからこその苦悩だ。10年も一緒に過ごしてきたのに情けないとは思うが、俺だってこういう経験は初めてなのだ。
愛乃は何を思って俺に告白してきたのだろう。10年も一緒にいる相手の気持ちを完全に理解できないのは、すごくもどかしくもあり、人間らしさの所以でもあるのだろうか。
推測はできても確信ができない。とりあえず、真意を探ってみよう。大丈夫、まだ時間はあるはずだ。
時刻は午後5時半。土砂降りの中急いで帰ったため、一度家に帰ってシャワーと着替えを済ませて、授業のノートと宿題の問題集を持って愛乃の家に向かった。
いつものように手洗いうがいを済ませ、二階の愛乃の部屋に入る。すると、愛乃は数学の問題を解いていた。
ちょうどいい。ついでに俺も教えてもらおう。
「何の問題解いてるんだ?」
「ん~。数Ⅲの問題」
「…………」
「どしたの? あ、廉治も一緒に考える?」
次元が違った……。まだ数Ⅱに苦労している俺にとっては。
可愛らしく小首を傾げる姿に胸がときめかなくもなかったが、これもからかっているだけかもしれないと思い直す。
「廉治、それ宿題?」
「ああ。今日はいつもよりたくさん宿題が出たから、テストも近いしどうせなら教えてもらおうと思って」
「じゃあ、私が一から教えてあげよう!」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、見にくいからそっち移動するね」
テーブルから身を乗り出していたのは流石に見難かったのだろう、言うが早いか俺の元に移動してくる。……ただし、俺の背中に覆いかぶさるように。
「お、おい……。隣じゃダメなのか?」
「光の反射のことを考えると、上からならいくらか陰になって、両方見やすい。理に適ってると思うけど?」
「だとしても、これはいろいろと──」
「時間かかるでしょ? そのくらい我慢して」
「お、おぅ……」
問答無用と言わんばかりの語気で「無駄な抵抗はやめろ」と伝えている……気がする。
俺だって思春期の男子高校生だ。いくら幼馴染とはいえ、掛け値なしに美少女な愛乃に密着されればそりゃあドキドキもする。ついでに柔らかな二つのふくらみをはじめ、俺の体中に柔らかな愛乃の肢体が密着してくるうえに、耳に吐息が……。
誰がどう見ても、とても勉強に集中でできる環境ではない。
「何から教えればいい?」
「それじゃ、この最大値と最小値の考え方を教えてくれ」
「分かった。これはね──」
こうして、家庭教師・愛乃の講義が始まった。
頑張れ理性! 負けるな平常心! 耐えろ俺の中の……何か!
それから1時間後──
抜け殻となった俺の姿があったとさ。