第3話 『最高の特効薬』
12月13日。木曜日。
今日は雨が降っていたので、部活もなかった。俺は陸上部に所属していて、担当種目は1500メートル走。いわゆる長距離というやつだ。
7時限目を終え、4時半頃に学校から解放された俺は、男友達の遊びの誘いをすべて断って愛乃の家へと急ぐ。
普段は30分程度しかいられないが、今日は2時間は一緒に過ごせるだろう。
ちょうど踏切が見えてきた辺りでカンカンカンカン……と音を立てて遮断桿が降り始めた。俺と愛乃の家はこの踏切を越えて、10分くらい歩いたところにある。
やがて電車が通過し、遮断桿が上がる。空はどんよりと雲が垂れ込め、降りしきる雨は止む気配がない。
「雨様様だな……」
ぽつりと一言つぶやいたけれど、きっと雨の音にかき消された。
それからおよそ10分。俺の家を通り過ぎ、そのまま愛乃の家のインターホンを押す。すると、ほどなくして「は~い」という間延びした声が聞こえてきて、玄関ドアが開いた。
「あら、廉治君。今日は早いのね」
「こんにちはおばさん。雨だから部活は中止になって。それで早めに来ちゃいました」
「いつもありがとね~。きっと愛乃も喜ぶわ。さ、上がって上がって」
「ありがとうございます。お邪魔します」
勝手知ったる風に、まず洗面台に直行。手洗いうがいを済ませ、二階に上がる。
今日俺がすべての誘いを断ってでも早く来た理由は、主に二つ。
一つ目は、愛乃は陰できっと苦しんでいるだろうから。幼馴染の勘だが、自然な笑顔を浮かべているのはきっと俺と過ごす時間だけなんだろうと思う。これはただの自意識過剰、自惚れかもしれないが。
そして二つ目は、申し訳なさからだ。愛乃が学校を休むようになって、俺が愛乃の家に通うようになった。それ自体は問題ないのだが、別れ際の愛乃の反応がどうしても気にかかる。
目は口ほどに物を言うということわざがあるが、まさにそれだ。目が「行かないで」「ここにいて」と告げているのだ。だが、俺も長居できるわけじゃない。彼女の気持ちは痛いほどよく分かるが、そういうわけにもいかないので帰る。それが申し訳なくて、時間の許す限りは一緒にいてやろうと思うのだ。
「愛乃、俺だ。入ってもいいか?」
「う、うん……。いいよ……」
中から歯切れの悪い声が聞こえてきて、驚いた俺はすぐに部屋に入る。
そこには、ベッドに横たわって苦しそうに呻いている愛乃がいた。
「おい、大丈夫か!? おばさんを──」
「待って。ここにいて……」
「でも……」
「だいじょうぶ、だから……」
「……分かった」
愛乃は大丈夫と言っているが、どう見ても苦しそうにしか見えない。これが症状……?
「よかった……。早く廉治が来てくれて……」
息も絶え絶えに、愛乃は続ける。
「廉治が……一緒に、いてくれると……すごく、落ち着くの……」
「そうか。そうか……」
愛乃の手を握る。特に熱はないようで、あまり熱くなかった。
しばらくそうしていると、愛乃が眠ったので、俺は握った手を放し、一度リビングにおばさんを呼びに行った。