第19話 『俺の存在』
それからどうなったかは俺が話してやろう。
愛乃はまさに茫然自失。
光を失った瞳。涙と血で塗られた絶望の表情。廉治だったものをかき集めては胸に抱く姿。そのどれをとっても期待以上の出来だった。
間もなく警察が駆けつけ、現場検証のため、また事情聴取のために愛乃は連行されてしまったが、そう遠くないうちに彼女は自殺を図るだろう。
友人をなくし、信頼を失い、最愛の幼馴染さえ喪った。そんな彼女が生きていても地獄と変わりないだろう。ましてプロポーズされた翌日のことだ。尚更応えるに決まっている。
ここまで俺の修正版シナリオに狂いはない。むしろ廉治が期待以上の働きをしてくれた。
俺の考えた修正版シナリオはこうだ。
基本は、叛逆者に対して罰を与えること。
その罰とは、愛乃を殺すことではなく、愛乃の最愛の人間を殺すこと。
愛乃の最大の恐怖。それは、廉治が遠くに行ってしまうこと。行くだけじゃ戻ってくる可能性を残してしまう。ならば逝かせてやればいい──。
井原愛乃という破壊対象はとても壊し甲斐があった。右目を犠牲にしてまで支配した甲斐があった。
そうそう。俺は前に“悪魔的な何か”と言ったな。あれは自称でしかない。
正体が分からない化け物というものは往々にしてさらなる恐怖を抱かせる。だから俺は自分がいつ、どこで、どのように生まれたのかを知ることはしない。ただ、生まれたときから抱いていたただ一つの行動指針に従って本能の赴くままに人間の絶望に染まる顔を愉しむだけでいい。
俺は己が欲求に忠実に生きるのみの“何か”。そこは人間とは変わりない。しかし、人間というのは自制心というものを備えているらしい。まったく不便な生き物だ。
さて、次のターゲットを探すとしよう。
さらばだ愛乃。絶望の中で死に絶えるがいい。