第18話 『さよなら廉治』
「うぅっ、寒っ……」
ゆっくりと目が覚める。と──
「え!?」
「やっと起きたか。日が昇るかと思ったぞ」
「なんでこんなところに……」
周りはまだ暗くてよく見えないけれど、この感触はきっと──
「線路、だよね……?」
「ご明察。さすが天才。頭の回転が速い」
「帰らなきゃ……っ!」
起き上がろうとするけれども、うまく起き上がれない。
「無駄だ。俺が金縛りをかけているからな」
「お前の仕業か……っ!!」
「言っただろう。クリスマスプレゼントをやるって」
「っ……!!」
このままだと始発の電車に轢かれて木っ端微塵だ。しかも、私が死ぬだけじゃなくて、たくさんの人に迷惑がかかる!
「俺は前に言ったぞ。“これから死にゆく者”に自己紹介は必要ない、と」
「じゃあ……」
「そうだ。本来お前はあの夜死ぬはずだった。だが、それは偶然によって阻止された上に、心の修復までされてしまったからな。だから、今こうして修正されたシナリオを修正し直している」
黒猫は何一つ変わらぬ表情で直接脳内に語り続ける。
「もうすぐ始発の列車がここを通過する。その時がお前の最期だ。それまで人生を振り返るといい」
「────! ──────!!」
声が……出ない。
助けを呼ぼうにも、声が出なければなんともならない。
今いる場所は踏切から少し離れている上に、辺りは薄暗いために発見されにくい。絶望的な状況だった。
まだ未練がたくさんある。学校のみんなや先生にも謝罪してない。お母さんに恩返しできてない。それになにより、廉治とキスすらしてない。廉治と寄り添って歩むはずだった明るい未来を潰されてしまう。
涙が溢れる。嗚咽が漏れる。けれど、助けを呼ぶことができない。声を発することができない。
誰か私を見つけて、助けてください。
まだ私には果たすべき役目がたくさんあるんです。
死にたくない──その思いは終ぞ届くことなく、遮断機が鳴り始め、遮断桿が降り始める。黒猫は線路脇の柵の向こうからこちらを見ていた。
今度のは、奇跡が起きても絶対生きていることなんてできないだろう。
徐々に、しかし確実に死の足音が近づいてくる。
「廉治。今までありがとう。私はどうやら死んでしまうようです。大好きだよ──」
無意識に呟いて、目を閉じる。
さような──
「愛乃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ────────────────」
「えっ……!?」
最愛の人の声がした。
でも、すぐにヘッドライトが私の姿を捉える。すぐにブレーキの甲高い音が周囲に鳴り響く。
来ちゃダメ──そう叫ぼうと振り向きかけた瞬間、突き飛ばされるような感覚に襲われた。
恐る恐る目を開ける。少し行ったところで電車は止まっていた。
もしかしてと思い、感覚がなくなっている足で電車の前に回り込む。
飛び散った鮮血と、肉片がところどころに散っていた。
「れ、んじ……廉治いいいいいいいいいいいいい!!」
私が殺したんだ。私が……私が……私が……!!
血で汚れるのも厭わずに、血の海の真ん中で泣きじゃくる。
静かな住宅街に、喪った私の声だけがこだましていた。