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第1話 『愛乃の病気』

 濃い緑の屋根の二階建て──それが俺の幼馴染、井原愛乃いはらあいのの自宅だ。

 都心から離れ、時折電車の音が聞こえるだけのほとんど静かな住宅街の一角に、俺と愛乃の家はある。

 そんな住宅の一室で、俺と愛乃はテーブルを挟んで会話していた。

「ねぇ、学校のみんなはどんな感じ?」

「皆が俺に状況を聞いてきて、イチイチ説明するのが面倒になるくらいには心配してると思うぞ」

「それは迷惑なことですなぁ……」

「他人事みたいに言うなよ。全部お前が原因なんだからな。……それで、具合の方はどうなんだ?」

「やっぱり、時々なんだけど、寒気と脚気と怠さ、あと激しい頭痛に襲われるかな。普段は元気なんだけどね~。でも、突発的にくるから、皆に心配も迷惑もかけられないし今はこうして療養するしかないんだよ」

 ここ数日、放課後にこうして愛乃の家に通っているが、それらしい症状がないから仮病に思えてしまう。原因も不明らしいから、余計に嘘くさく感じるのもまた事実。

 しかし、彼女が帰り際に見せる寂しさを湛えた表情は、嘘ではないと告げている。それに、愛乃とは同じクラスだから、学校に通っていた方が間接的にしろ一緒にいる時間は長い。だから嘘ではないんだろう。

「それとさ、廉治。お願いがあるんだけど」

「なんだ?」

「授業のノート貸してくれないかな? 一応予習はしてるんだけど、それだけじゃ心許なくって」

「全国模試トップランカーは流石ですね~。ほら、ノート」

「ありがと」

 愛乃はノートを受け取り、書き写し始めたので、必然俺は手持無沙汰になった。そして沈黙に耐えられず、つい話しかけてしまった。

「なぁ、愛乃」

「ん~?」

「お前のその病気ってさ、原因分ってるのか?」

「一応、内科とか脳神経外科とか精神科とか行ってみたけど、これといって体に異常は見られないから、精神的なプレッシャーとかストレスじゃないかって」

「そんなに気負ってたのか?」

「ううん。そんなことないよ。日頃のストレスは部活の助っ人で発散してるつもりなんだけど」

「だよな……。だったらなんだってこんなことになってんだろ」

「さぁ? あ、でも廉治といる時はすごく安心するから、一番の療養は廉治とこうしてることかもしれないよ?」

 冗談めかしてこっちを見てくる愛乃にデコピンを見舞ってやると、「いったぁ」と額を抑えながら後ろに倒れこんでいった。

「ほら、さっさと起きて書き写せ。でないと俺が明日困る」

「はいはい……」

 再び書き写し始めた愛乃を見ながら、俺は考えに耽る。

 やはり俺といるこの時間に脚気や寒気などはないらしい。それは彼女のふるまいや血色がよいことから分かる。

 もしかすると、俺が来る夕方から夜にかけては症状が出ないのかもしれない。

 時々とはいえ、頻度も気になるし、どのくらい続くのかも気になる。

 もしかしたら、俺達には話していない、愛乃自身の心当たりがあるかもしれない──

「……じ、廉治?」

「お、おう。どうした」

「どうしたはこっちのセリフだよ。大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

「いや、少し考え事をしてただけだ」

「そう。ならいいんだけど。無理はしないでよ?」

「原因不明の病に侵されてるお前に言われたくね~よ」

「はいはい。それと、これ。終わったよ」

「おう。じゃ、そろそろ7時だし、俺は帰るわ」

「……ねえ、夜ご飯一緒に食べていかない?」

「すまん。今日は無理そうだ。週末じゃダメか?」

「分かった。ごめんね、突然……」

「こっちこそごめん。それじゃ、また明日」

「玄関まで送るよ」

「いや、寒いだろうから、ここでいいよ。気持ちだけ受け取っておく」

 愛乃が今、インフルエンザにかかりでもしたら、それこそ大変だ。そう思って断ったのだが、やはり愛乃は悲しそうな顔をする。まるで俺との別れを惜しむみたいに。

 だからフォローすることにした。

「今愛乃がインフルにでもかかってみろ。それこそ大変だろう。だから、部屋の中で暖かくしてる方がいい」

 俺が学校帰りに来ている時点ですでにアウトな気もするが、いつも来てから洗面所を借りて、手洗いうがいを済ませてから愛乃の部屋に行くようにしている。だから、完全に大丈夫とは言えないが、幾分かはましだろう。俺も気を付けてるし。

 愛乃はうなずき、しかし眉をへの字にして別れを惜しんでいるが、俺にも俺の生活がある。四六時中愛乃につきっきりというわけにもいかない。できればそうしていたいのだが。

 もう一度「また明日」と言って、踵を返す。

 こればっかりは仕方がない。別れを惜しまれるのは悪いことではないのだが、こうも毎日悲しそうな顔をされるとこっちまで辛くなってしまう。これが十年来の幼馴染の共依存の結果だというのだろうか。

 そんなことを考えながら井原家を後にし、隣にある自宅の玄関を開けた。


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