第16話 『最高のクリスマスプレゼント』
安らかに眠る幼馴染の貌は、さながら眠り姫のよう。
けれど、少し視線を下げれば痛々しい姿がある。腕全体を包帯に巻かれ、ところどころ血が滲んでいる。包帯の半ばから赤色のチューブが伸びて、輸血パックに繋がれている。
○
血だまりに倒れている愛乃が発見されたのは、12月22日の午前6時頃。
家に帰ってきてから部屋に籠ったっきり出てこない愛乃を心配して、様子を見に行ったらしい。なんだか血なまぐさい臭いがして部屋に入ると、愛乃が倒れていた。それからすぐに救急搬送された。
気づくのがあと数十分遅ければ、命を落としていたかもしれなかった──と、おばさんに聞いた。
○
俺は死ぬほど後悔した。あの時行っていれば、こんなことにはならなかったと。
そして、祈ることしかできなかった。大量出血に加え凍死寸前だった瀕死の愛乃が死なないように、と。
かくして祈りは聞き届けられて、規則正しい電子音だけが愛乃は死んでいないことを告げている。
けれど、愛乃はまだ目覚めない。知らせを受けてから可能な限りずっと病室にいるけれど、まだ目覚めない。1日、2日と経って、今日は12月24日。クリスマスイブだ。
○
「れ、ん……じ……?」
「目が覚めたか!! よかった……」
愛乃の目が覚めたのは、日付が変わった頃だった。
「なんでここに……?」
「愛乃が運ばれたって聞いたからに決まってんだろ」
その言葉を聞いた瞬間、愛乃ははっとしたような表情を見せて、すぐに目から涙が溢れて頬を伝う。その姿を見て俺は安堵した。多量出血で瀕死だった愛乃に、涙を流す余裕ができたということの裏返しだったから。
「私、嫌われたかと思ってた……」
「俺だって愛乃に嫌われたと本気で思ってたんだぞ!」
「え……」
「今まで誰にも言われたことないようなことを散々に言われて、俺の人格否定までされて、挙句の果てには出会わなければこんなことにはならなかったのにって言われて……」
「私、そんなことを……」
「でも、さっきまでは昨日話を聞かなかったことを死ぬほど後悔してたんだよ! 心の底からお前のこと、嫌いになれなかったんだよ!」
「れん、じ……」
「こんなになるまで自分を追いつめてたんだって……寄り添うべきだったのに逃げた自分が心底憎かった! でも、今こうして生きててくれた……」
身を乗り出して、ぎゅっと愛乃を抱きしめる。
「だから、もう二度と離さない。離さないから……」
どれだけ酷いことを言われても、心の底から愛乃のことを嫌いになれなかった。
愛乃が救急搬送されたと聞いて、今までのちっぽけな悩みなど吹き飛んだ。そして、その悩みは喪う恐怖に変わった。それほどまでに俺は愛乃に憧れていて、愛乃のことが大好きだったんだと再認識した。
だから、これから先、愛乃がなんと言おうと離さない。離れても追いかけ続けて必ず横に並ぶ。そう決意したんだ。
愛乃は天才で、俺は凡人だけど、凡人は努力し続ければ秀才にはなれる。天才に匹敵する力を手に入れることができる。
「い、痛い……」
「ご、ごめん……」
強く抱きしめすぎたらしい。急いで離れる。
「なぁ、愛乃」
「なに?」
「俺、愛乃に伝えなきゃいけないことがある」
「うん」
「俺、愛乃にいろいろ酷いこと言われたけどさ、1つ気づいたことがあるんだ」
「うん」
「努力が足りなかったのかなって。いろんなことに、死ぬ気で真摯に取り組んでなかったなって思ってさ。だから、頑張るよ」
「うん。応援してる」
「それで、俺が胸を張って愛乃の隣に立てるようになったら──」
しっかり愛乃の目を見て、そして告げる。
「──俺と結婚してください」
これが俺の用意したクリスマスプレゼント。一方的でわがままに過ぎたプレゼントだったけれど、そんなのは関係ない。
恋愛は自己満足だ。一方的に好きになって、自分の都合で告白する。振られたらそれまでだけど、今まですべての告白を断ってきた愛乃だけど、愛乃なら受け入れてくれる──そんな根拠のない確信があった。
愛乃を見る。何かを堪えるような顔をしていた。そして、静かに、しかし心底嬉しそうに返事をした。
「私でよければ、よろしくお願いします」
俺に向けられた返事と満面の笑みは、最高のクリスマスプレゼント。
偶然と運命が相俟って、この瞬間は成り立っている。
もし、愛乃が“らしくない”ことをしなければ。
もし、あの時俺が勇気を振り絞っていたならば。
もし、傷ついた愛乃の発見が数十分遅れたなら。
今日のこの瞬間は生まれなかった。