第13話 『それでも私はやってない』
「おはよう!」
元気に挨拶して教室に入り、席に座る。──と、いつもなら周りに人だかりができるんだけど……。
「あれ……? おかしいな……」
私、何かしたっけ。それともいじめ……?
今日は少しどころかかなりみんなの様子がおかしい。ここは黙って探った方がいいのかもしれない。そう結論づけた私は読書をすることにして、周りの雑談を聞いて情報を得ることにした。
『……井原のやつ、あくまでいつも通りを装うつもりか』
『あれだけのことをやっといて、よくのこのこ来れたよな』
『……おい、聞こえるって』
『わり』
雑談というか、ひそひそ話を聞いていたところ、どうやら私は何か大変なことをやらかしたらしい。心当たりは全くないんだけど……。
と、そんなことを考えていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
1限目は数学。今日はテスト後1回目の授業ということもあって、テスト返却の時間となる。
そういえば、廉治は赤点を回避できただろうか。
「それじゃ、出席番号順に取りに来い! 有村!」
私の出席番号は2番だから、すぐに取れるよう、先生のもとに向かう、が──
「宇野!」
「えっ!?」
「井原は最後に来い。話がある」
「は、はい……」
クラスメイトに笑われながら、席に戻る。やっぱり今日は何かがおかしい。
いつの間にか私以外の全員には返却されたようで、ようやく私の名前が呼ばれる。
「井原、ちょっと来なさい」
「はい」
先生に連れだされてついていくと、先生は生徒指導室の前で止まった。鍵を開けて中に入ったので、後に続く。
先生は暖房をつけ、私に座るように言ってきたので、素直に従う。
「井原。これはどういうことだ?」
テーブルに置かれた1枚の解答用紙。それはまごうことなき私のものだった。
取って確認すると、名前が書かれたのみで、一切解答をしていない。
「あれ? 私何も書いてない……」
「問題はそこじゃない。裏だ裏」
指さされて裏返す。そこには表と違って、白い部分がないくらいびっしりと文字が書いてあった。よく見ると、先生や生徒の悪口が書いてある。
「私、違います! こんなことやってない!」
「だが、井原の名前が書いてある。テスト中、誰かがいたずらしたとでもいうのか?」
「…………」
確かに言われてみればそうだ。けれど、まったく身に覚えがない。
「先生、信じてくれないかもしれないですけど、これをやったのは私じゃないんです。私はちゃんと解きました!」
「じゃあこれは誰がやったというんだ。他の科目も似たような回答だったと先生方が言っておられたぞ」
「え…………」
愕然とした。私、知らない間になんてことを……。
「私、本当に知らないんです……」
やったのは私じゃない。でも、確かに私の字だ。それじゃあ誰がやったんだろう。
「とにかく、君は今日から特別指導に入ってもらう。いいな?」
「はい……」
特別指導。校則違反や法律違反、素行不良をした生徒に課される措置だ。
反省文を書いて、先生方への押印回りをして、毎日20ページのノート提出が1週間課せられる──と、始業式の日に配られた紙に書いてあった。
しかも、別室で自習させてくれるわけもなく、授業は参加しないといけない。教育を受ける権利があるとかで、同情も憐憫もデリカシーもない公開羞恥プレイを受けることになる。
「それじゃ、生徒指導部長の先生を呼んでくるから、しばらく待っていなさい」
「はい……」
先生が出て行った後、今まで我慢していた涙が目から溢れる。
「私じゃない……やったのは私じゃない……」
やったのは私じゃない。けれど、確かな証拠は目の前にある。これじゃ私の言い分なんて誰も信じてくれない。
そして、朝のみんなの反応も納得だ。全9科目の解答用紙の裏に同じようなことを書いていたんなら、当然のことだろう。
これからの学校生活を思うととても胸が苦しくなる。
身に覚えのない罪を負わされ、そのために周りからは冷遇される。自学ノートはまだいい。授業中はまだいい。けれど、休み時間になったら私の居場所はどこにもない。先生も生徒も誰も私のことを擁護してくれなどしない。
私はきっと社会に見捨てられて、神様にも見放されたんだろう。
お母さん、ごめんなさい。先生、ごめんなさい。学校のみんな、ごめんなさい。
それでも私はやってない。