*8 打ち明け
薄暗い照明のおかげで、よりレトロな雰囲気を醸し出すビル。
階段を上った先。
古く重たげなドアの向こうが、彼の店だ。
ベルを鳴らして店のドアを潜ると、先に来ていた彼女が気付いた。
「いらっしゃ~い! 一緒だったんだねぇ」
ビリヤードのキューを携えたまま、僕らを出迎える。
他に客はおらず、藤原くんと佐伯の二人でビリヤードに興じていたようだ。
「やぁ、久しぶり。何、ビリヤード?」
「うん。ナインボールだけど。次は藤原くんの番」
店の奥、ビリヤード台の方を指差す。
藤原くんの手番のようで、その巨漢がキューを握り、構える姿はかなり様になっている。
ガコンッ
……あ、手玉が落ちた。
(手玉を落とすと負け。)
「……悪い、佐伯」
困ったような申し訳なさそうな情けない表情を浮かべる、藤原くん。
「あはは。あたしは構わないけどねぇ?」
巨漢の藤原くんがその身体を縮こませるように、自分より頭一つ分も小さい佐伯に頭を下げる様子はなんだか可笑しかった。
「璋吾ぉ、まだ俺のボトルある?」
店主の断りもなく、勝手にカウンターの中に入ってボトルの棚をあさる朝倉くん。
「悪い、純也。今、行く」
僕らがカウンターに着いたので、藤原くんと佐伯が一旦切り上げて戻ってくる。
「朝倉くん達が来るの知ってたの?」
隣の席につく佐伯に聞いてみる。
「うん。お店に来てからね。藤原くんに聞いたんだ」
「そっか」
それなら僕が知らなくてもおかしくはない。
まぁ、こうして会ってる訳だから知らなくても困らなかった訳だけど。
「……つか、お前ら、なんか雰囲気いくね? 前に会った時よりさ」
鷹司くんの向こうから朝倉くんが目ざとく茶々を入れてくる。
そういえば、この二人には言ってないんだったっけ。
会う機会もなかったから言えないでいた。
「ついに交際でも始めたのかい?」
眼鏡がキラリと光る。
口許は意地悪そうに。
解っててやってる?
「さぁ、どうでしょ? ね、歩?」
「あ……あぁ」
……こっちもわざとだよなぁ。
左手に佐伯の右手が絡む。
薬指のリングの冷たさが、僕の指に食い込む。
「え、呼び捨て!? しかも下の名前!?」
「……ふぅん」
やたら大袈裟に反応する朝倉くんに反して、冷静に観察している様子の鷹司くん。
その目線は僕の右手に。
「……さぁ、白状しようか? ……ね? 市田くん」
……この人怖いです……。
観念して答えようとしたら、後ろから口を塞がれる。
……お願いだから、これ以上ややこしくしないで下さい。
そんなこと、願っても無駄なのは解ってるけど。
「歩はあたしのヨ……」
「この春から一緒に住んでるんだよっ」
『嫁』発言なんてさせるもんか。
佐伯の発言を遮ってバラす。
余計なこと言われるよりはマシだ。
「……あ~、やっぱりね」
「え~っ!? なんで!? いつの間に!?」
「……朝倉、うるさい」
至近距離での大声に鷹司くんが眉をしかめる。
「璋吾は知ってたのか? 知らなかったの俺達だけ!?」
「……知ってた」
「奈津は春日さん達には?」
「ん~。一応言ったけど?」
藤原くんお手製フローズンヨーグルトを旨そうに食べる佐伯。
一口食べる?と、差し出されたスプーンを片手を上げて断る。
「マジで知らなかったの俺達だけ!?」
「……ゴメン」
言いたくなかった訳じゃない。
騒ぎ立ててたくなかっただけのこと。
言ったら彼らは祝ってくれるだろう。
だから、言わなかった。
「忙しいのは聞いてたから言えなかった。ごめん」
「教えてくれてもいー「いや、今聞いたし。別にいいさ」
尚も騒ぐ朝倉くんを遮って、鷹司くんが言う。
「次会った時にもう別れてたなんて言うのなら、別だけど」
「いや……それはないと、思う……」
そんなんだったらはじめから付き合わない。
何があっても、とは言えないけど。
そんな簡単な気持ちでこういう関係を望んだ訳ではない。
「こいつ、手放すなよ~、佐伯ィ? お前の性格じゃ、次はそうそう捕まんね~だろ~から」
「うるさい、純也。悔しかったら捕まえてみなっ」
まるで『君らは小学生かっ!?』とツッコミたくなるような朝倉くんと佐伯の攻防。
実際は中学の頃に知り合ったらしいけど。
ある意味微笑ましいが、大人としてはどうなんだろう?
「良かったじゃないか。報われて」
「え?」
「だってずっと好きだったんだろ? 佐伯の事が」
カウンターに残された僕と鷹司くんは、後ろでぎゃあぎゃあと騒いでいる二人を放置した。
そのうち飽きるでしょう。
「だからっていきなり同棲とは思わなかったけどさ」
「……はは」
普通は付き合い始めで同棲はしないとは思う。
もうちょっと段階を踏んで、が普通なんだろう。
「まぁ、でも、君ららしいっていうか、いいんじゃない?」
そう言って鷹司くんがグラスをあおる。
ふと、右手の薬指のシルバーのリングに目をやる。
よく見なければそれとわからない細いリング。
他のリングを重ね付けしているが、簡単には見つけられないはずだ。
同棲を始める際に、ペアリングとして彼女にも贈った。
僕から恋人に初めて贈った物。
『君は僕の所有物』と、言外に僕の醜い部分の感情を表しているようで恥ずかしいけれど。
ちょっと考え込んでいると、後ろから抱きすくめられた。
その右手にも僕のと同じリングが。
「ねー、ビリヤードしよー? 難しい話してないでさ」
佐伯が提案する。
「いいね。行こう? 藤原くんも」
「そうだよ。他のお客さんもいないし」
佐伯がカウンター越しに藤原くんの腕を引いて、半ば強引に誘う。
「あ……う、あぁ。解ったから……」
「市田くんも。行こう?」
先に席を立った鷹司くんに促される。
「……うん」
グラスに薄く残ったウィスキーをあおって、立ち上がった。