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*7 春宵

 結局、山積みの書類整理が終わる訳もなく、明日の土曜をアルバイトにあてることにして事務所を後にした。

 

この時点で午後10時。

 

佐伯はまだ、藤原くんのお店にいるだろうか。

 

……多分、いるだろう。

 

お酒、弱い癖に(酔いやすく醒めやすいようだ)飲むのが好きなんだ、あの人は。

 

 春物の薄手のジャケットにストールを巻いて街に出る。

 

芽吹く春のまだ遠い北国では、夜の寒さが滲みる。

 

ネオンに霞む夜空に、吐く息が白く舞う。

 

星も見えない街の喧噪に、白く漂っては霞む。

 

「──あれ、市田じゃん?」

 

 聞き慣れた声に振り向く前にストールが引かれる。

 

締まる首元に一瞬遅れて振り返る。

 

ストールを掴むその手はよく見慣れたオレンジ色の髪の友人のものだった。

 

「……え? 朝倉くん、に鷹司くん?」


 振り返った先にいたのは、中学からの友人・朝倉 純也(あさくら すみや)くん。


その傍らには朝倉くんと同じ大学に通う鷹司 斎(たかす いつき)くんがいた。


「や、久しぶり。……朝倉、いい加減離しなよ、それ」


「……あ、わりぃ」


 鷹司くんに指摘されてようやくストールが手放される。


街中でストールを掴まれて引き止められるなんて初めてだ。


大体、人違いだったらどうするつもりなんだろう。


「ストールを引っ張られて呼び止められたのは初めてだよ」


「……他に方法は思い付かなかったのか?朝倉」


「いや、とにかく呼び止めなきゃってさ」


 さも頭痛がするといったように嫌みを放つ鷹司くんに、朝倉くんは悪びれる様子もなくガシガシと頭をかく。

 

「そういえば今日は? 実習で忙しいんじゃないの?」


 二人は医学部に通う6回生で、大学病院での実習が忙しいはずだったと思う。


「このあいだ、ひとつ終わった所。次の実習まではまだ少し間があるからさ。それで、朝倉に誘われて藤原くんのとこに行こうかって。市田くんも行くんだろ?」


「あぁ、うん」


 3人で連れ立って藤原くんのお店へ向かう。


この3人の組み合わせはかなり珍しいかもしれない。


高校生の頃でもあまりない組み合わせだ。


「……そういや佐伯は? 一緒じゃねぇの?」


 不意に、僕の左隣を歩く朝倉くんに尋ねられる。


「もう藤原くんのとこにいると思う。……多分。僕はバイト先から来たから」


 ……あくまで多分だけど。

 

「ふぅん。じゃぁ、今日はこっちにいる友人のほぼ全員が集まったってことだね」


 朝倉くんの向こうで、鷹司くんが呟くように言う。


 朝倉くんに鷹司くん、佐伯に藤原くん、そして僕。


この5人が現状、こちらにいる友人の全てだ。


 以前は、佐伯の他にも二人女性がいた。


 一人は春日 美散(かすが みちる)さん。


彼女は幼稚園教諭を目指してこちらの大学の教育学部にいたが、去年免許を取得して地元に帰った。


 もう一人は今井 尚子(いまい なおこ)さん。


こちらの看護大学を卒業し、地元の鷹司くんの実家の総合病院で看護師の職についている。


 今、隣を歩いてる朝倉くん・鷹司くんだって来年の3月には大学を卒業して、(受かればの話だが)医師としてここを離れるのだろう。

 

いくら学生の頃から仲が良いといっても、気が付くばいつの間にかこうやって離れていくのだろう。


中々気軽には会えない距離に。


「……またネガティブな考えに嵌まってないか?」


 自分の思考に耽って黙ってしまった僕の顔を、朝倉くんが下から覗き込む。


──見透かされてる。


朝倉くんの向こうでは鷹司くんが苦笑している。


「ったく、市田は判りやす過ぎるんだよ」


 仕方ないなぁ、というような表情。


自分はまた、困ったような顔をしているのかななんて。


「いずれ、離れ離れになったとしても、俺らは友達なんだろーがっ」


「ま、ならなきゃならないでそれは怖いんだけど」


 子供のような満面の笑みを浮かべる朝倉くんに、鷹司くんにしては珍しい柔らかい笑顔。

 

「ってか、市田と佐伯の方がどっかいっちまいそうな気はするんだけどな? 帰ってきそうにないというか」


「僕らの最終目標は、地元に戻ることだからね」


「そうそう」


「うわっ」


 肩にがっちりとした腕が回る。


肩を組むというやつだ。


「うわ、肩細ェ。もうちょっと鍛えろよ」


「……って言われても」


「……うわ、恥ずかしい」


 じゃれあう朝倉くんと僕(というか絡まれてる)。


それを、遠巻きに見る鷹司くん。


でも内心面白がっているのだろう。


笑い声が宙を舞う。

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