*6 意地悪い
仕事は出来るが、女の子を追い掛ける方が好きだという。
裁判所で得意の毒舌の熱弁をふるうのも好きだが、僕をからかうのも好きだという。
僕からすればはた迷惑以外の何物でもない僕の従兄は、ひとしきり人をからかって満足したのか、それからは無言でキーボードを叩く。
ノドが渇いた。
席を立ち、事務所内のコーヒーメーカーで勝手にコーヒーを入れる。
時計を見れば、作業を始めてからすでに2時間は経過していた。
「歩、俺の分も」
「ブラックで良い?」
「ん」
仕事に没頭しているのか、こちらを向くこともなく返事が返ってくる。
紙コップにホルダーを付けて、もう一杯分用意する。
やがて、ポコポコという音が鳴り、コーヒーが入ったことを知らせた。
「はい」
「おー、さんきゅ」
コーヒーを彼のデスクに置くと、ようやく彼が顔を上げた。
肩が凝ったらしく、背筋を伸ばしてバキバキと鳴らす。
「デスク仕事は肩が凝るんだよなぁ」
「それ以前に仕事溜めすぎだって。もうちょっとまめにやっておけばいいのに」
切羽詰まらないと中々やらない彼の性格に、どこかの誰かを思い出す。
……誰とは言わないが。
「そうは言ったって仕方ないだろう? やりたくないんだってば。お前、ウチに就職しないか?」
「……考えとく」
それは凄く最悪の事態にならない限りないだろうけど。
大体、大学院に入ったばかりなんだし。
「ま、お前ならウチなんかじゃなくても就職先はあるだろうけど」
「……それはわからないけど」
なにせこのご時世だ。
未曾有の平成の大不況。
ましてや、ただでさえ競争率の高い研究職になんて、希望が叶うとは限らない。
こればっかりはその時でないとわからない。
「しかし、歩が女の子と同棲なんて思ってもみなかったな」
……まだ言うか。
そんなにおかしいことだろうか?
「そんなにおかしい?」
「おかしいゆーか、意外とゆーか」
「意外?」
「だって、お前、友達だって中々作らないだろう? だったら、彼女なんてもっと出来ないだろう?」
……何も言い返せない。
友達が多くないのは事実だし、彼女だって今までいたためしはない。
これまでに、告白されたことがないわけじゃない。
ただ、好きでも何でもない相手と付き合う必要はないと思ったし、相手にとってそれは失礼だと思ったから。
「ま、にーちゃんとしてはこれでいいんだろうか?ってな」
「……どーいう意味だよ、それ」
まるで今の状況が良くないみたいな言い方じゃないか。
少々ムッとする。
「初めての彼女で、同棲まで行ってもいいもんかってな。女の子と付き合うのも、一緒に住むのも初めてで免疫なんてないだろ?」
盟人は言いながら、指先でペンをくるくると回す。
その表情はいつもの意地悪気な笑みを浮かべてはいない。
多分、思ったことをそのまま口にしているのだろう。
少なくとも、いつものように僕をからかっている訳ではないらしい。
「歩は変なトコ、一途だしな。悶々と思い詰めてそうで怖い」
夜な夜な包丁研いでたりしてな、と妙なジェスチャーまで付けてくれる。
そんなふざけた盟人の態度に反発してしまう。
「そんなことはないさ。うるさいなぁ。放っておいてよ」
「お~、怖」
いつもの調子に戻ったのか、肩をすくめて見せる。
そんなことしたって、あんたの長身じゃ可愛くもなんともありませんから。
大体あんた、もう30歳越えてるんでしょうが。
「遅咲きの初恋は狂い咲くって言うしな」
「~~~~っ」
意地悪そうに笑う彼。
上がった口角が期待通りって感じで。
何か言い返したかった。
でも言い返せなかった。
当たってた訳じゃないけど、外れてるとも言えなかった。