表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/45

*6 意地悪い

 仕事は出来るが、女の子を追い掛ける方が好きだという。


裁判所で得意の毒舌の熱弁をふるうのも好きだが、僕をからかうのも好きだという。


僕からすればはた迷惑以外の何物でもない僕の従兄は、ひとしきり人をからかって満足したのか、それからは無言でキーボードを叩く。


 ノドが渇いた。


席を立ち、事務所内のコーヒーメーカーで勝手にコーヒーを入れる。


時計を見れば、作業を始めてからすでに2時間は経過していた。


「歩、俺の分も」


「ブラックで良い?」


「ん」


 仕事に没頭しているのか、こちらを向くこともなく返事が返ってくる。


 紙コップにホルダーを付けて、もう一杯分用意する。


やがて、ポコポコという音が鳴り、コーヒーが入ったことを知らせた。

 

「はい」


「おー、さんきゅ」


 コーヒーを彼のデスクに置くと、ようやく彼が顔を上げた。


肩が凝ったらしく、背筋を伸ばしてバキバキと鳴らす。


「デスク仕事は肩が凝るんだよなぁ」


「それ以前に仕事溜めすぎだって。もうちょっとまめにやっておけばいいのに」


 切羽詰まらないと中々やらない彼の性格に、どこかの誰かを思い出す。


……誰とは言わないが。


「そうは言ったって仕方ないだろう? やりたくないんだってば。お前、ウチに就職しないか?」


「……考えとく」


 それは凄く最悪の事態にならない限りないだろうけど。


大体、大学院に入ったばかりなんだし。


「ま、お前ならウチなんかじゃなくても就職先はあるだろうけど」


「……それはわからないけど」

 

 なにせこのご時世だ。


未曾有(みぞう)の平成の大不況。


ましてや、ただでさえ競争率の高い研究職になんて、希望が叶うとは限らない。


こればっかりはその時でないとわからない。


「しかし、歩が女の子と同棲なんて思ってもみなかったな」


 ……まだ言うか。


そんなにおかしいことだろうか?


「そんなにおかしい?」


「おかしいゆーか、意外とゆーか」


「意外?」


「だって、お前、友達だって中々作らないだろう? だったら、彼女なんてもっと出来ないだろう?」


 ……何も言い返せない。


友達が多くないのは事実だし、彼女だって今までいたためしはない。


これまでに、告白されたことがないわけじゃない。


ただ、好きでも何でもない相手と付き合う必要はないと思ったし、相手にとってそれは失礼だと思ったから。

 

「ま、にーちゃんとしてはこれでいいんだろうか?ってな」


「……どーいう意味だよ、それ」


 まるで今の状況が良くないみたいな言い方じゃないか。


少々ムッとする。


「初めての彼女で、同棲まで行ってもいいもんかってな。女の子と付き合うのも、一緒に住むのも初めてで免疫なんてないだろ?」


 盟人は言いながら、指先でペンをくるくると回す。


その表情はいつもの意地悪気な笑みを浮かべてはいない。


多分、思ったことをそのまま口にしているのだろう。


少なくとも、いつものように僕をからかっている訳ではないらしい。


「歩は変なトコ、一途だしな。悶々と思い詰めてそうで怖い」


 夜な夜な包丁研いでたりしてな、と妙なジェスチャーまで付けてくれる。

 

 そんなふざけた盟人の態度に反発してしまう。


「そんなことはないさ。うるさいなぁ。放っておいてよ」


「お~、怖」


 いつもの調子に戻ったのか、肩をすくめて見せる。


そんなことしたって、あんたの長身じゃ可愛くもなんともありませんから。


大体あんた、もう30歳越えてるんでしょうが。


「遅咲きの初恋は狂い咲くって言うしな」


「~~~~っ」


 意地悪そうに笑う彼。


上がった口角が期待通りって感じで。


 何か言い返したかった。


でも言い返せなかった。


当たってた訳じゃないけど、外れてるとも言えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ