*4 予感
きっと彼女にはわからない。
堂々と(?)人前で君とキスをしても咎められないことが、嬉しいということを。
君を僕のものだとはっきりと宣言出来ることを、幸せと感じていることを。
しばらく前ではそんなことは考えられなかった。
君から抱き着いてきたり、手を握ることはあっても、僕からは何一つ出来なかった。
今の生活が僕にとっては、夢に見たような幸せだってこと。
握り締めたらあっけなく壊れてしまうような幸せだとしても。
それでも僕にとっては幸せなこと。
「歩、これもよろしく」
「……はいはい。……って、盟人、仕事溜めすぎ……」
渡された書類の多さに呆れてしまう。
A4サイズのコピー用紙の段ボールに1つ分。
「仕方ないっしょ?俺は、事務仕事は苦手なもんで」
彼はこの『高里法律事務所』の主・高里 盟人。
……何を隠そう僕の従兄だったりする。
僕より7歳年上で、弁護士をしている。
「だったら雇えばいいじゃないか、事務員を」
「いたんだけどな? 一週間前から来なくなっちゃった」
「……あんた、また手ぇ出しただろ」
「……なんだい、失礼だな。ちょーっと触っただけだって」
「いや、それセクハラだから」
……彼は言うまでもなく女癖が悪い。
中学・高校・大学、そして現在と特定の彼女が長続きしたためしはない。
現在に至っては、自分の事務所の職員に手をつけてる始末。
そして僕にお鉢が回ってくる、という訳。
「……もう30歳なんだから、いーかげん落ち着けば?」
「……相手がいればな」
……彼がこんなだから、僕は佐伯を紹介できないでいる。
いや、セクハラされたら困るし。
黙って触らせるタイプではないけど。
「歩は、一緒に住んでるんだって?」
思いもしなかった発言に、キーボードを叩く手が止まる。
彼には、佐伯とのことは話していなかったのに。
「……どこで?」
「深沢にきーた」
意地悪そうに彼の口元が歪む。
……本当に彼は意地悪だ。
「彼女取り合ったんだって?深沢と」
深沢 庸。
僕と佐伯の同級生の深沢ルミさんの兄。
彼は佐伯のことをいたく気に入っていて、彼女に結婚の申込をしていた。
じりじりと胸がざわつく。
「水臭いなぁ。彼女いるんなら、紹介くらいしてくれてもいいだろう? 俺と歩の仲なんだし」
胡散臭い微笑みを向けてくる。
細めた瞳の底に光る何か。
……捕食者の眼。
背筋を何かがつうっと伝う。
「そんな信用ないか、俺」
「……いずれ、とは思ってたんだけど」
『信用なんてない』とは言えなかった。
言った日には、それをネタに僕をイジるに違いないから。
僕をイジる事が、彼にとっては楽しい遊びなのだ。
多分、きっと。
「じゃ、今すぐ」
「それは無理」
「え~」
まるで子供のように、デスクに突っ伏して抗議をする。
それはいくらなんでも無理だろ、おい。
大体、佐伯は盟人の存在自体知らないのだから。
「い~だろう? 会わせてくれたって~。たった一人しかいない従兄なんだし~」
「ったって、今すぐとか無理だって」
「なら、いつならいい? 明日? 明後日?」
……頭が痛くなってきた。
「そんな急には無理。ってゆうか、盟人、僕で遊んでるだろう?」
「……バレた?」
突っ伏したデスクから、顔だけ上げて舌を出す。
全く、悪びれる様子はない。
「昔からそのパターンだから」
何度その泣き落としパターンに負けて来ただろう。
子供の頃から、幾度となくその手に引っ掛かってきた。
僕よりも7歳も年上なのに。
「……歩もつまらん奴になったなぁ。お兄ちゃん、悲しい」
「誰がお兄ちゃんですか。つまらなくて結構です」
きっぱり言い捨てて、キーボードに指を滑らせる。
彼に付き合うと、仕事が進まない。
「よっぽど会わせたくないんだな」
「そりゃあ、あんたの女癖の悪さは分かってますから」
「……尚更、会ってみたいなぁ。歩がそんだけ庇うって子に。こっそり見に行ってみようかな」
「やめれ」
そこで会話は終了。
それからは彼も大人しく仕事に取り掛かってくれた。
『……尚更、会ってみたいなぁ。歩がそんだけ庇うって子に。こっそり見に行ってみようかな』
その言葉が耳に残り、嫌な予感がした。
※小説家になろう掲載にあたって、盟人の口調を標準語に直しました。(多分、標準語です)
以前は京都弁でした。
多少加筆修正しています。