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*3 街角

「……あぁ、そうだ」

 

 朝食の席で、彼が突然に口を開く。

 

「今日は帰りが遅くなるから」

 

「なぁに? バイト?」

 

「うん」

 

 彼は知人の法律事務所でアルバイトをしている。

 

主に書類の整理やパソコンでの打ち込みをしているらしい。

 

法学部出身でもない学生のアルバイトでも身内の経営している先だけあって、バイト料は悪くない。

 

あたしなんかよりはよっぽど収入がある。

 

ここの家賃や生活費なんかは基本的に折半なんだけど、市田の方が多くだしてくれてたりもする。

 

あたし的にはちょっと不満だけど。

 

「いつもより遅くなりそう。なんか仕事溜まってるらしくて」

 

「そっか。じゃ、今日は藤原君のとこに行って来ようかな」

 

「藤原君の店? ……いいけど、迷惑かけないようにね」

 

「……はぁい」

 

「……帰りには迎えに寄るから」

 

「うん」

 

 市田の言うのはもっともで、藤原君のお店で酔っ払って、何度か彼に迎えに来てもらったことがあるだけに、何も言い返せない。

 

……すみません、酒癖悪くて。

 

 

 使った食器は洗い桶に水を張って。

 

簡単に身支度をして、揃ってアパートを出る。

 

アパートを出た所で半ば強引に彼の左手を引く。

 

「……っ」

 

 手が触れた途端、弾かれたようにこちらを見下ろす市田。

 

その目を丸くさせてあたしを見る。

 

あたしにイニシアチブが移った。

 

口角を上げて、ニヤリと笑って見せる。

 

あたしの優位を示すように。

 

 彼は困ったような笑顔を浮かべながら、それでも指を絡めてくれた。

 

二人、手を繋いだまま、駅までの道を歩く。

 

「……?」

 

 あともう少しで駅前の通に出る、という所で市田が足を止める。

 

何事かと思い、首を傾げながら彼を見上げる。

 

彼の顔がすぐ目の前に。

 

唇に柔らかく触れた。

 

「……さっきの仕返し」

 

 さっきのあたしのように満足そうに笑う彼がいた。

 

「~~~~っ」

 

 顔が熱くなる。

 

まるで体中の血液が顔に集中したみたい。

 

何もこんなとこでしなくたっていいじゃないか。

 

誰か見てたらどうするのさ。

 

キッと、あたしより頭一つ分は上にある彼の顔を睨みつける。

 

そんなあたしの様子をさも面白そうに見下ろす彼。

 

 ……いや、見下ろされるのは身長差の関係だけどさ。

 

それでも。

 

「……なんか、むかつく」

 

 苛立ちが口をついて出る。

 

「何が?」

 

「その地味に上手(うわて)な所とか、見下ろしてるとことか」

 

「……上手、かなぁ。見下ろすのは仕方ないじゃないか。見上げることは不可能だもの」

 

 身長160㎝のあたしと175㎝超の市田じゃ仕方ないのは分かってるんだけど。

 

大体、今更見上げられたって困る。

 

でも、面白くない。

 

「……僕は、奈津がそれくらいの身長で良かったと思うけどね」

 

「……は?」

 

「だって、ほら」

 

 ぐいっと市田に体を引き寄せられる。

 

「キスがしやすい」

 

 身を屈めて近付く彼に抗う余地もなかった。

 

瞼を伏せた彼の顔が綺麗で。

 

 誰が、彼をかわせるだろう?

 

そして、あたしは彼に弱いのだ。

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