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*2 春

春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く

 夜来風雨の声 花落つること知んぬ多少ぞ

              孟浩然

 

(春の寝覚めの現で聞けば 鳥の啼く音で目が覚めた。

 夜の嵐に雨混じり 散った木の花いかほどばかり。

              井伏鱒二・訳)

 

 

 暖かいベッドの中。

 

(ゆる)されるのならば、このまま布団に埋もれていたい。

 

……なんて赦される訳もなく。 

 

「奈津、起きて」

 

 ()は容赦なく、起こしてくれる。

 

「講義、遅刻するってば」

 

 ……まだ、眠い。

 

目が開かない。

 

彼の冷たい指が肩に触れた。

 

……冷たい?

 

がばぁっ

 

「あ、やっと起きた」

 

 部屋に差し込む柔らかな朝の光に、彼の少し色素の薄い髪がきらきらと光る。

 

ベッドの上で布団に包まっているあたしとは対象的に、彼はすっかり身支度を終えていた。

 

「……おはよ」

 

「おはよう。遅刻するよ? 講義始まって早々、サボる気かい?」

 

 ――あぁ。

 

あたし、彼と一緒に暮らしてるんだったっけ。

 

この市田 歩(いちだ あゆみ)と。

 

 まだ寝ぼけた頭で考える。

 

自慢じゃないけど、あたしは朝が弱い。

 

それに加えて、昨日寝付いたのはかなり遅い時間だったはずだ。

 

むしろ、早く起きられる彼がおかしい。

 

「……あのさ」

 

 彼が視線をあたしから背ける。

 

こころなしか、顔が赤いような……。

 

彼が何を言わんとするのか、あたしは首を傾げる。

 

「お願いだから、服着て。なんか色々と……マズイ、ような」

 

 恥ずかしそうに顔を背けて話す彼に違和感を覚えながらも、自分の身体を見遣る。

 

「うわ……」

 

 下着すら身につけていない身体に、辛うじて引っ掛かるタオルケット。

 

胸元に残る赤い痕がなんだかなまめかしい。

 

彼が恥ずかしがるのも無理はない。

 

慌てて、タオルケットをたくしあげる。

 

「ってゆうかねぇ、いい加減ちょっとくらい慣れてよ」

 

「それは、無理。絶対」

 

 よくいうよ、と思う。

 

服を脱がせたのも、跡をつけたのも自分じゃないか。

 

人のことは散々翻弄させるくせに、そういうとこばかり純情ぶりやがって。

 

──あぁ、いけない。

 

口調が悪くなってしまった。

 

「……食事、出来てるから。着替えたらおいで」

 

「……ん」

 

 一人、市田の寝室に取り残される。

 

そこで、気付いた。

 

あたしの服、ここにないじゃん!?

 

ここはあくまで市田の部屋だから。

 

あるのは、どこに打ち捨てられたのかわからない下着とパジャマのみ。

 

とりあえず、ベッドの下から、衣類をかき集める。

 

 本来、あたしの部屋は、居間の反対にある。

 

一人暮らしの時代の家具を集めたその部屋に、あたしの服もある。

 

だけど、あたしの部屋を寝室として使ったのは、ここに越してから何度もない。

 

 ほとんど、寝るときは彼と一緒の部屋でだ。

 

別に約束した訳でもなく、どちらかが言い出した訳でもない。

 

一緒に住みはじめたからと言って、以前と関係が変わった訳でもない。

 

同棲ってこんななんだろうか?

 

はじめてだからわからない。

 

これが普通なのかどうかさえ。

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