*18 くすぶる想い
──なんのために一緒にいるのか。
──一緒に暮らしていても、顔も合わせない同棲なんて意味があるんだろうか?
──これじゃあ、同棲なんてなんの意味もない。
じゃぁ、同棲って何なの?と聞かれても困るのだけど。
その気になれば、極力顔を会わさないで暮らすことも出来る。
でも、それじゃあ、意味なんてないんだ。
『一緒にいるために』、『これ以上、離れていたくないから』同棲することを選んだのだから。
だから、市田の気配を感じる部屋で、市田を待つだけの暮らしなんてあたしには出来ない。
触れられる程に側にいるのに、触れられないなんて堪えられない。
結局の所、あたしは彼の事が好きなのだ。
それは、きっと、間違いなく。
『もしもし、佐伯? 朝倉だけど。さっきはごめん、電話出れなくて。どうかした?』
ケータイの向こうからは懐かしい友人の声。
一瞬、言葉に詰まる。
『……佐伯? どした?』
その微妙な間を感じて、聡い彼はそのままを口にする。
「なんでもないよ? ごめんごめん」
『……そうか?』
取り繕うあたしの様子に訝し気な声。
付き合いだけは長いもんなぁ。
『……まぁ、いいや。で、どうかした? 佐伯から電話なんて滅多にないからさ』
市田とケンカでもしたか?なんて、軽口を叩く。
いっそそうだったならいいのにね。
「あのさ……」
『うん?』
「今、家?」
切り出しづらい。
なんでかな。
なんでだろう。
『あぁ、うん。家にいたよ』
「……そっち、行ってもいい?」
ケータイを持つ手が震えた。
風呂上がり。
バスタオルでガシガシと頭を拭きながら携帯を見ると着信履歴。
『着信あり 佐伯 奈津』
その文字になんとなく胸の辺りがざわつく。
なんてことはないただの友達の一人。
あっちはそう思ってるはず。
髪を乾かす手を止め、電話をかける。
2コールもしない内に相手に繋がる。
「もしもし、佐伯? 朝倉だけど。さっきはごめん、電話出れなくて。どうかした?」
佐伯が息を飲む音が聞こえた。
何かを口にしようとして逡巡するような。
不自然な間につい、焦る。
『なんでもないよ? ごめんごめん』
「……そうか?」
掠れたような声が気に懸かる。
なんでもないようには聞こえない。
気付かないフリをして、市田とケンカでもしたか?なんて、軽口を叩く。
『……そっち、行ってもいい?』
泣きそうな声に、すぐにでも消えてしまいそうな声に、何かあったのだと確信する。
それも、女友達ではなく、俺に助けを求めるほどの事態なのだと。
「……いいよ。ウチに来い。駅には迎えに行くから」
『……ん。ありがと』
思わず了承してしまった。
少しだけ後悔する。
今更、遅いけど。
鷹司に言われた言葉を思い出す。
『朝倉、キミが佐伯さんの事を今でも想ってるのは知ってる。こんなこと、僕が言うのも何だけど、でももう彼女を思い続けるのは諦めたほうがいい。諦められなくても、その気持ちは伝えない方がいい。彼女と市田くんがこういう関係になった以上、キミには分がない。要らない波風は立ててやるな』
佐伯と市田が一緒に暮らしているのを知った日のことだ。
もちろん、俺だって鷹司と同じ事を思っていた。
たとえ、佐伯のことを諦められないにしても、隠し通そうと。
ただ、彼女が幸せでいられるなら、それでいいと。
「……俺も甘いな」
ため息をひとつつく。
見守っていこうと思ったって、こうやって頼られたら断れないじゃないか。
諦められずにくすぶった想いが、わずかな光に期待をする。
こんなことにすら、期待をしてしまう自分に嫌になる。