*16 I'll be waiting.
「ごめん。栂谷くん、前に乗って貰ってもいい? ちょっと具合悪くてさ。横になりたいから」
大学に戻ろうというその時に、突然佐伯さんがそう切り出す。
心なしか、顔が青ざめている。
「え、大丈夫? 車に乗っても?」
「ん~、多分」
そう言ってへらぁっと笑った。
その瞳が揺れている。
本当に具合が悪いのか。
さすがに心配になる。
「我慢出来なくなったら言えよな? なんか考えるし」
「ん……」
俺の声に頷き、後部座席に横になり、そこにあった俺のバスタオルを掻き抱いてうずくまるように丸くなる。
その様子をバックミラー越しに見ると、さすがに心配になる。
そんなに無理をさせてしまったのかと。
実は我慢してたんじゃないかと。
「栂谷、悪いけど先にお前大学で降ろすわ。佐伯さんを家まで送ってく」
「うん。わかった」
俺の申し出に栂谷は何も言わない。
必要のない口は出さない。
それが栂谷の良いところでもあるけれど。
俺にとっては有り難かったりもする。
俺は佐伯さんの事が好きで、佐伯さんには市田がいて。
最初っから勝ち目のない、そんな状況。
でも、俺は佐伯さんに何かしてやりたいし、必要な時は頼りにされたい。
欲を言えば、少しで良いから気にもかけてほしい。
まるっきり純粋な好意じゃなく、下心ある不純な好意。
一緒に行動することの多い栂谷はそんなことも解ってる。
解ってる上で何も言わない。
好意を逸脱しない限りはこの先も何も言わないのだろう。
横目で栂谷の様子を伺う。
「……佐伯先輩、大丈夫かな。ほんとに具合悪かったみたいだね。寝てるみたいだし」
途中、シートから乗り出すように後ろを覗く栂谷の声に、バックミラー越しに様子を伺う。
半ばバスタオルに埋めるように伏せた顔。
眠っているはずなのに、その眉は苦しそうに歪んでいて。
「そうだな。着くまでそっとしておこう」
ステアリングを握り直す。
意識は薄暗くなってきた前方を睨んでいても、どうしても後ろの様子が気になる。
……俺じゃどうしてもやれないことを解っているのに、気になってしまう。
「……あのさ」
しばらく何事かを考えていたらしい栂谷が口を開く。
「うん?」
「これから先、何があっても、僕は糸屋くんを軽蔑したりはしないよ」
思わず、栂谷の顔を見る。
『何があっても』それはどういう意味?
胸をつかれたような気がした。
解っているのに、自分では言葉にしたくはない。
「何があっても、って?」
「何があっても、さ」
そう答えた栂谷の瞳は一点の濁りもなく、俺を見る。
はったりやカマかけの言葉なんかじゃない。
そんな簡単じゃない。
思わず言葉を失う。
一見ぼうっとした奴に見える栂谷の観察力・洞察力が、俺の想像するレベルを越えている。
俺が何を怖がっているのかを理解している。
誰も話さなくなった車内に洋楽のバラードが響く。
ただ、ただ静かに。