*14 彼の苦労
予定の4軒を回り終えると、時刻は午後2時。
さすがにお腹も空いてきた。
「どこかでご飯してこうか?」
停めてきた車に戻る途中、佐伯さんが提案する。
「……あ~、俺の知ってるとこでいいですか? 付き合ってもらったお礼に奢ります」
「いいの? 気を使わなくていいよ?」
「いや、メシぐらい……。栂谷も食うだろ?」
「いいの? って言っても、持ち合わせそんなにないから払えって言われてもつらいんだけど」
「間違っても、言わねぇよ」
俺が連れて行こうとしている場所を解っている栂谷が、軽口を叩く。
金なんか、取れるかよ。
取れるなら、苦労しないさ。
車を走らせ、O市市街を10分程。
目当ての店の前に着く。
「ちょっと店の前で待ってて下さい。車、停めてきます」
「え!? ちょっと!?」
「佐伯さん、大丈夫ですから」
老舗っぽい、一見それとはわからない料亭らしい場所に降ろされて驚く彼女を、栂谷が執り成す。
栂谷は一度ここに連れてきたことがあるから、事情を理解している。
──ここは俺の家だ。
店の裏手にある駐車場に車を停め、母屋の玄関から上がる。
「あら? 幸一、もう帰ったの?」
居間に入ると、母が店の着物のまま寛いでいた。
店の方は、昼の客が引けたと見える。
「……悪い、母さん。友達連れてきてる。メシ、頼める?」
「仕方ないなぁ。誰? またこないだの美和ちゃん?」
「いや。栂谷もいるけど、もう一人いる」
──ってゆうか、美和ちゃん言うな。
「ふぅん。彼女?」
「違うって。大学の先輩」
嘘は言ってない。
それでも母さんは、俺の反応を見てニヤニヤ笑う。
「片思いってとこか。……まぁ、早く店開けてあげたら?」
「あぁ、うん」
言い返せば言い返すだけ、俺の分が悪くなる。
そういう人だ、この人は。
居間を出て店側に回り、店の玄関を開けて二人を迎え入れる。
「お待たせしました。どうぞ」
「え!?」
佐伯さんの目が丸くなる。
俺が店の中から来るとは思っていなかったよう。
一度連れてきたことがあり、事情を知ってるはずの栂谷も、説明しなかったみたいだ。
栂谷も佐伯さんの反応を楽しんでいる。
ナイス、栂谷。
何か言いたそうな彼女をとりあえず無視して、案内する。
用意されたのは、一番奥の一番いい部屋。
日本庭園風の中庭が望める。
──これだから、母さんは。
嫌味なのか、からかってるのか。
「……これはどーゆーことかなぁ? 糸屋くん?」
部屋に通すなり、彼女に凄まれる。
──いや、全然怖くないし。
自分より若干低い視線からの睨みは、むしろ可愛くさえ感じる。
「どーゆーこと、って、」
あまり怒らせないうちに、と思った矢先、部屋の襖が開く。
「いらっしゃいませ。“紬屋”へ、ようこそ。幸一の母です。いつも幸一がお世話になってます」
──一番ややこしい人が登場した。
営業スマイルを貼付けて。
「……何しにきたんだよ」
「何ってお茶持ってきたんじゃない。女将手ずからなんて、有り難いと思いなさいよ?」
「わかった。わかったから置いてってよ、母さん」
「あ、ゆっくりしてってね~?」
半ば締め出されながらも、ちょっかいをかけてくる。
これ以上、喋らせたくなくて勢いよく襖を閉める。
その後で座布団の上に座る。
「……とゆーわけです」
「いや、うん。色々と大変だね」
ため息をつきたくなった。